ネクサス
NEXUS
ラメズ・ナム
2012
「シンギュラリティ」「ポストヒューマン」なんていう言葉がSFの世界だけでなく、一般の雑誌や新聞、あるいはテレビやラジオといったメディアにも登場するようになった2017年。仮想現実(VR)技術もすすんでいるが拡張現実(AR)技術もポケモンGOの
登場で一般化された2017年。
個人的なことでは、昨年、今年とほとんどSFを読む機会がなかった。SFどころか本を読む時間がとれなかった。もともと人との対話とデータ収集、整理、執筆、企画といった仕事を長く続けていて、フリーランス兼必要に応じてどこかに勤務するという形態をとっていたのだが、自宅での手仕事を中心とした商いに力点を置いたので、時間配分ができなくなったのだ。少しずつ時間をつくっては読んでいたのだが、その1冊が本書「ネクサス」である。
舞台は2040年、アメリカ、タイ。ネクサスとよばれるナノマシン薬物は、使用した人を「つなげる」ことができる。近くにいるネクサス使用者同士は、薬物が体内にある間、その脳と脳をリンクすることとなる。相手の感情、記憶、思考が双方向で分かるようになる。ネクサス3はアメリカで違法薬物とされていたが、主人公の神経科学者ケイデン・レインは、仲間とともに永続的にネクサス使用を可能にし、なおかつ、ネクサスそのものを自身の脳によってプログラム可能となるようなシステム開発にも成功していた。これらをレインはネクサス5と呼んでいた。
2030年代のトランスヒューマン技術によるテロをきっかけに、アメリカでは遺伝子工学、クローン技術、ナノテク、人工知能など、トランスヒューマン、ポストヒューマンを生み出しかねない研究への厳しい規制と、トランスヒューマン、ポストヒューマンに対して人権を認めない法整備を整え、新型リスク対策局(ERD)を設けていた。
一方、世界では、これらの技術はアメリカほどの規制を行わない国もあり、アメリカは危惧をいだいていた。
ERDは、ケイデン・レインらのネクサス5の存在を疑い、自らの強化人間化した特別捜査官サマンサ・カタラネスを潜入させる。
それが、はじまりだった。
最近読んだ本では、ピーター・ワッツの「エコープラクシア」が、ポストヒューマン、トランスヒューマンの両方を書いていた。この作品は「ブラインドサイト」の続編だが、前作よりも「エコープラクシア」の方が、人の変貌を分かりやすく描いていたと思う。
そんな新しい世界がどのようにはじまるのか、人工知能によるシンギュラリティの起きない世界で起きる、人間によるシンギュラリティの物語、それが「ネクサス」。
作品自体は、編集者の釣書はSFスリラーと銘打たれているように、近未来サスペンスとか、サスペンスアクションといったおもむきのストーリー展開で、読み手を飽きさせない軽い読み物に仕立て上げられている。考えてみれば、かつての超能力者ものと仕掛けはそう大して変わらない。超能力に目覚めた(手に入れた)主人公と、すでにある程度の超能力をもつ存在、そして、体制側の超能力者や敵対する超能力者。超能力者を規制、迫害しようとする体制。そんな陰謀と戦いの中で、主人公は目覚める、みたいな。
ファンタジーとしてみれば、現代的魔法使いものも同様だ。
いよいよ魔法と科学の区別がつかなくなってゆく。
三部作とのこと、続編を楽しみにしている。
(2017.12.25)