動乱星系
PROVENANCE
アン・レッキー
2017
「叛逆航路」の3部作に続いて同じ世界の別の物語がはじまる。時間軸としては、続編にあたるのだが、前三部作が人類世界の中枢ラドチ圏で起きている動乱を軸に、AIの主人公ブレクの物語だったのに対し、本作は人類の辺境域での物語となる。主人公は惑星フワエの有力政治家で二人目の養子となっている後継候補のイングレイ。彼女が引き起こした策謀は、やがて星系をゆるがす動乱にまでつながっていく。意図せずに次々と拡大する事件に巻き込まれていく主人公の成長譚でもある。
前三部作では、ラドチ圏がひとりの強大な皇帝に治められており、次第にそのほころびの様子が明らかになるとともに、異星種族と人類種族の間での「条約」と関わりについても語られていく。ラドチ圏では、男性も女性も無性もすべて「彼女」の代名詞が使われることから、読者は「性」についても混乱しつつ、時間軸、クローンやAIによる同時複数の「属躰」による同一知性複数表現、複数行動といった状況の多発にも混乱しつつ、物語を消化していくことになり、アクション系の物語でありながらも読解には苦労が伴った。
本作は、ラドチ圏とは文化的にも異なる人類星系で、男性、女性、無性にはそれぞれ彼男、彼女、彼人といったように代名詞があり、特異なAIも登場しないことからストーリーを追うのはそれほど苦ではない。3つの人類星系の社会制度、文化制度の違い、ひとつの異星種族の意図不明な行動が物語に深みを与えるが、それこそがSFの面白さである。
本作を単独の作品として読むことはできるが、時々、人類社会の中枢で起きている、あるいは、「条約」種族がこれから行おうとしている「条約に関する協議=コンクラーベ」についての言及があり、それは前三部作の内容を反映しているので、前三部作を読んでいるとその部分は少しだけおもしろい。とはいえ、前三部作を読んでいない人が先に本作を読んで、それから前三部作に入ってもネタバレ的な表現はほとんどないので、まず本作を読み、「???」と思ったところは、おもしろかったら前三部作にとりかかるというのでもありだろう。
21世紀に入り、LGBTやマイノリティ、女性への差別や暴力、社会的抑圧が大きく語られるようになり、また当事者が声を上げ、それを支持する声が大きくなってきた。ほんとうの意味で多様な生き方、存在を社会が、ひとりひとりが受け止め、共生する声は大きくなっている。一方で、ひとりひとりの意思を奪う苛烈な言葉、暴力、抑圧の実態は続き、時に無力感を感じながらも、それらへの対応が必要になっている。
人類の学び直しの時間なのかもしれない。
そんなとき、アン・レッキーのような作家がSFを舞台に、多様性の可能性、知性の、理性の可能性を問いかける。人類学、社会学、政治学、あるいは、言語学、哲学、広範な知識と理解を昇華し、エンターテイメントとして結実する。
物語のなかに没入し、その世界を生きていくことを通して、私たちは変わることができる。変わらないために読む、変わるために読む。ほんの数時間の楽しい物語は、物語を通して現実に働きかける。
ところで、本作では過去の記念品が政治的、社会的意味を持つ。過去の歴史的有力者からの招待状、独立宣言文を記した布、議会を開くために使われる「号鐘」は、歴史的なキャベツの酢漬け用ボウル…。このボウルがないと、議会の正当性が失われるのだ。
先日、イギリス議会ではEUからのイギリスの離脱「ブレクジット」をめぐり、政府方針に反対する議員が情報陛下の儀仗を奪って議会の外に持ち出そうとする事件があった。この儀仗のパロディである。現実の世界でも、そういう文化的意味づけが大きな事件となる。私たちの身の回りにもそういうことはないだろうか。そして、その大切さと同時に馬鹿らしさ、おかしさに気付いていいのではないだろうか。
うーん、深いね。
とはいえ上質のエンターテイメント作品。楽しみましょ。
(2018.12.28)