火星無期懲役
ONE WAY
S・J・モーデン
2019
火星ものに目がない。最近では、アンディー・ウィアーの「火星の人」(映画オデッセイ)が良かった。実にいい。有人火星探査ミッションのひとつで到着後突然の砂嵐に襲われ、ひとりをロスト、センサーが途切れ、死亡したと判断し、やむなく置き去りにして緊急待避、ミッション中止しての帰還を選んだ。ところが、センサーは壊れただけで、怪我はしたものの生きていて、なんとか基地にたどり着き、手元にある資源を利用して生き延び、地球との交信を果たし、帰還の可能性を求め続けるというもの。「火星にひとりぼっち」である。
イギリスの出版社が、この成功に目をつけ、火星を舞台にした作品を書いてくれないかと中堅SF作家にオファー。そうしてできあがったのが本作「火星無期懲役」である。原題は「一方通行」。こちらは「火星への片道切符」である。
火星への有人探査ミッションが計画された。しかし、予算は厳しい。
現在の延長にある新自由主義下の世界で公共サービスの多くは民営化されている。
当然、刑務所も民営化されている。現代の日本でも民営化された刑務所はあって、政府にとってはコスト、企業にとっては利益に変わっている。
宇宙開発は、かつて政府が計画、運営していた。しかし、いまや政府が計画し、運営の多くを民間に頼るようになっている。アメリカはスペースシャトルのあと、軍を除いては自前の有人宇宙船を持てず、スペースX社頼みだ。この延長上で火星有人探査を考えたら、どこまで民間企業に頼れるだろうか。ふつうに考えれば、優秀で金のかかった探査クルーが、火星に到着してから先に投下してある物資を使い、生存のための状況を整え、滞在基地を建設し、科学探査に取り組むだろう。しかし、もし、優秀で金のかかった探査クルーが火星に到着したらそこに基地があり、すぐにでも科学探査に取り組める状況になっているとしたら、より効果的効率的ではないだろうか。
そこで、ある民間企業が事前建設計画を提案し、採択された。
とはいえ、民間であっても、火星までの往復費用は巨額であるし、建設には大きなコストとリスクがかかる。動くお金は巨額であるが、利益を確保するにはそれだけ効率的なコストカットも必要だ。第一考えてみたら、通常通りに科学クルーが建設するのなら1回で済むところを、建設のためのロボットを送るのに追加のコストがかかるのだ。
しかも、ロボットはメンテナンスが欠かせない。壊れたら元に戻らない。
では、人間ではどうだろう。それでも、科学クルーとは別に建設クルーを送るのだから、相当のコストカットがないと利益は出せない。
いやいや、民間企業が運営している刑務所には、様々な技能をもつ受刑者もいるだろう。殺人罪などで一生刑務所から出ることが許されない受刑者の中には、ある程度の自由と引き換えに火星に行くものもあるだろうし、行かせるようにしむけることも可能だろう。
受刑中の自由という動機があれば、そして、落後すれば最悪の刑務所に送られるという動機があれば、厳しい訓練にも真剣に取り組むだろう。なぜなら、彼らは受刑者だから。
そうして選別された7人の受刑者たちと1人の管理者。火星の基地建設というミッションをこなしながらも1人ずつ死んでいく。それは事故か、殺人か?
息子のために殺人をおかした建設のプロ・フランクが、火星という極限の状況の中で生き残り、真相を明らかにしようとする。
これぞ、火星SFである。
SFサスペンスでもあるが、火星という生存不能でも条件を整えれば過ごせる環境をいかした作品。イギリスの作家らしいブラックユーモアやちょっとペシミスティックな仕上がりが火星にぴったり。いい、実にいい。
(2020.08)