君の彼方、見えない星
HOLD BACK THE STAR’S
ケイティ・カーン
2017
イギリスの恋愛SF。軌道上で母船の衛星から外に出たまま帰れなくなった恋人同士。残された酸素の時間は2時間もない。女性は宇宙飛行士。男性は調理スタッフ。ふたりは生存の可能性を探しながら、その限られた時間を過ごす。
徐々に語られるふたりの出会い、つながり、関わり、世界。
第三次世界大戦が起き、アメリカや中東、アジアは荒廃してしまった。限られた世界で、ヨーロッパを中心に紛争を防ぎ、多様性を対立にしないための新たな世界システムを生み出した。ヴォイヴォダ体制。人は数年ごとにローテーションで別のヴォイヴォダ地域に住むことになる。言葉や生活習慣が異なる中で、周りの人たちと協調して生きることを前提とした社会。さらに、結婚は婚姻規則で35歳以上とされている。それまでは不安定な世代と見なされ、自由恋愛は構わないが、あくまで同一ヴォイヴォダにいる間のことで、ヴォイヴォダが分かれたらその後も継続して恋愛関係を続けることは認められない。大人であることが求められる社会。
そんななかで出会ったふたり。
あくまでも多様性のある安定性の高い理想世界を維持するためのシステムの中で、ふたりは惹かれ、そしてともに宇宙で働き、いま進んでいる命の危機を迎える。
ストーリーは、90分という限られた時間が徐々に過ぎていく間に、ふたりの出会いから社会システムが語られていく。SFとしては、この社会システムのありようや個人の思考、行動などが徐々に明らかにされていく。宇宙空間で限られた時間に生存を模索するという内容とふたつの領域でできている。
ヨーロッパは、ふたつの世界大戦を経て、ドイツ、フランスという2大大国を中心に、いかに紛争を避け、ECからEU、そしてユーロ経済圏と政治、経済、社会の統合に向けての壮大な社会実験を行っている。戦争などによる支配ではなく、国際的な交渉と枠組みによりゆっくりとひとつになろうという人類の歴史上はじめての試みである。
アメリカ合衆国が州単位で独立し、連邦制をとった18世紀、帝政ロシアが社会主義体制のソヴィエト連邦をつくった19世紀。それらとはまったく異なる20世紀の実験である。21世紀のいまイギリスがEUから離脱をはじめている。もともと大英帝国たるイギリスは、アメリカ合衆国との関係がヨーロッパ諸国とは違うという自負、フランス、ドイツとの潜在的敵対関係からユーロ圏には入らなかったし、EUとの間で微妙な関係を持っていた。しかし、その一方で北アイルランドなどとの関係においてはEUをうまく利用していたとも言える。EUとしても、イギリスの都合に配慮しながらも、イギリスを含めたEUという理想のためにがまんしていたと言える。経済的にもイギリスの存在は大きいことだし。
21世紀になり、ロシア、中国、EU、アメリカ、(日本)などのありようが変化してきた。これから世界は、気候変動対策、エネルギー、水、食料問題とともに、経済社会体制の変更を余儀なくされる。はたして、どのような社会がうまれるのか、そのとき、ひとりひとりの個人と社会・政治体制との関係性はどうなるのか。ひとつの仮説として、こういうSFがある。
(2020.11.8)