星海への跳躍
LIFE LINE
ケヴィン・J・アンダースン&ダグ・ビースン
1990
少し先の未来。でも、古いSFなのである。本書の中では米中対立が柱だし、中国はさほどの影響力を持っていない。
舞台は地球-月圏。ラグランジュ4のアギナルドはアメリカと交渉の末勝ち取ったフィリピンのコロニー。ラグランジュ5のオービテク1はアメリカの科学産業コロニーだが、実質は民間企業カーティス・ブラームス社の支配下にある。同じくラグランジュ5にはソ連のキバーリチチも存在している。月面にはアメリカを中心に建設されたクラヴィウス基地。そこには、アメリカ政府の指示で、ラグランジュ4に建設中だったオービテク2の建設スタッフも降りてきている。舞台はこのアギナルド、オービテク1、キバーリチチとクラヴィウス基地で、そこにいる人たち。なぜならば、地球上で核戦争が勃発したからである。かれら数少ない宇宙の人たちは、その光を宙から見て、そして、彼らが宇宙に取り残されたことを知った。それぞれのコロニーや基地は地球からの支援を前提に運営されており、自給できる体制にはなかったからである。地球の通信網は、核戦争に伴う電磁パルスによって壊滅しており、地球の状況を把握することは困難。地球では人類は滅ぶことはないとしても、文明再興まではそれなりの長い時間がかかることになるだろう。つまり、人類の希望は、食料も水も移動手段も限られたこの4つの施設の人たちにかかってしまったのである。
何人かの個性的な登場人物が出てくるが主人公と言えるのは、フィリピンコロニーのラミス・パレラ青年であろう。フィリピンの天才生物学者のルイス・サンドバール博士の下で研究者として働いていた両親を事故で失い、地上に残ることを選択した兄と別れてアギナルドの大統領の養子としてコロニーで成長する青年である。コロニー独特の重力環境を活かして夜な夜な生身で空を飛び、その身軽さを鍛えていた青年は、この危機の前に、その能力を買われてアギナルドとオービテク1をつなぐ突飛もない旅に出ることになる。アギナルドでは、サンドバール博士が以前から家畜飼料用にものすごい速度で成長する光合成菌体を開発しており、それを人間の食用とすることで生存を確保できる見通しが立っており、その菌体を他のコロニーに運び、人類の生存可能性を高めようとしているのであった。
本書の見所はふたつ。ひとつは、この4つの人類拠点に起きる様々な政治的、組織的危機。誇張された中にも、なるほどな、と思わせる典型的なリーダーシップや危機対応が描かれる。
もうひとつは、移動手段。これは根幹に関わってくるので書かないが、遺伝子組み換え技術、新素材開発技術、伝統的なロケット工学、などなど、ありそうでなさそうな、できてそうでできなさそうなアイディアが込められている。
全体の鍵を握るフィリピンのコロニーは、民主的な大統領の下で牧歌的民主主義により平和に危機への対応がとられているが、商業主義・大企業的管理思想のアメリカ、かつてのソ連そのものの管理社会、科学者と技術者の関係がおもしろいNASAを彷彿とさせる月基地。それぞれのキーマンの個人的葛藤。
さて、人類は生き残れるのか?
それにしても、本書が発表されたのは1990年。ソヴィエト連邦が崩壊したのは1991年12月。しかし、1989年からのソ連周縁国(共産国)や東ドイツの崩壊とドイツ統一の流れの中でも小説世界は当時の冷戦終盤が基礎になっている。未来予測はかくのごとく難しいのである。
(2020.12)