順列都市(再)

順列都市(再)
PERMUTATION CITY

グレッグ・イーガン
1994

 2004年以来の再読。この直前に短編集の「ビット・プレイヤー」を読んで、あらためて一通り読み返そうかなと思った次第。

 2045年、ポール・ダラムは違法な実験をはじめた。脱出不可能な状態のコピーを作成したのだ。コピーとは、ある時点の記憶、人格を記録し、仮想ネットワーク上にダウンロードすること。コピーは、仮想空間での存在が耐えられないときには自ら消去する権利を持つのだが、ポールは自らのコピーを脱出不能な状態に起き、「意識」についての実験をはじめた。コピーは、コンピュータ上のソフトウエアとして存在している。そこにおける意識は連続しているのか、不連続なのか。たとえば、ものを数えるときゆっくり1、2、3と声に出すとする。では、1と2の間に、そのコピーの演算を一時中断しても、コピーの「意識」に気がつくことはない。1と2の間に、演算を行う物理的なコンピュータを東京と大阪に分散して行っても、「意識」が気がつくことはない。では、「意識」は1、2、3と数えているつもりでも、その演算は3、2、1と逆行しているのかもしれない。
 では、この現実世界の「私」の意識はどうなのだろう。

 このことをきっかけとして、ポール・ダラムは、新しい仮想世界を生み出し、一部のコピー化した超富裕層に働きかけ、存在としての「不死」を提示する。

 2050年、マリアは仮想空間でのセル・オートマトン世界における人工生命の自発的突然変異、すなわち自律的進化のきっかけをつくることに成功した。ポール・ダラムは、マリアに仮想世界において自律的に生命を生み出し、高次形態に進化しうる仮想惑星と生命の種子ともいえる条件のプログラム設計を依頼する。

 すべては、ポール・ダラムが生み出そうとしている、この宇宙の寿命より長く広がりより大きい「永遠で無限」の仮想世界のために。

 発表されてから30年近く、2045年もそれほど遠い世界ではなくなった
 若手だったイーガンももはやSF界の重鎮である。
 世界は想像よりもゆっくりすすみ、人工生命、仮想空間、仮想人格化といった技術はどれも研究開発の俎上に乗っているが、いまだブレークスルーにまでは至っていない。

 さて、本書のテーマはなんだろうかと改めて考えてみる。以前は「観察者問題」ではないかと思っていたが、それはそれで背景にある。アイディアの飛躍はここにあるのだから。それにしても、新しい世界を生み出すまでの前半と、生み出されてからの後半の話の飛びっぷりはすごい。登場人物が少ないだけに世界描写が迫ってくる。アイディアのホップステップジャンプで奇想天外を読ませ切るところがイーガンの本領発揮だ。

 一方で、もうひとつのテーマは、「他者の存在」である。ひとりで存在すること、だれかと存在すること、誰かが存在することと自分が存在すること。無限の時間が与えられたとき、その時間を前にして、自意識は自分だけで耐えることができるのだろうか。イーガンは、「たぶん耐えられない」という答えを出す。神は存在しなくても生きていけるが、自分と関わる他者が存在しなければ生きていけないのだ。

「あなたは心底、昔の世界を知っているだれかが必要なのですね」

 アイディアとストーリーをそぎ落としたところに、この言葉が世界を集約していくのだ。

(2021年5月2日)