巨獣めざめる(再)
ジェイムズ・S・A・コーリイ
LEVIATHAN WAKES
2011
自分にびっくりした。以下の文章を書いてから保存しようとしたらファイル名(タイトル)がすでにあるとコンピュータ様が私に告げた。同じタイトルの作品あったっけ?とチェックしたら、なんと読んでいた。2013年のことだ。翻訳が出たばかりだから新刊を買って読んだのだろう。まったく完全に失念していた。だからネットで古本を買って読んだのだ。まっさらな気持ちで。内容も覚えていなかった。まったく。すごい忘却能力。
ではここからが2022年の私だ。
2022年最初に読んだSF。モビルスーツの出てこない宇宙世紀のガンダム的世界といえば通りはいいだろうか。人工衛星コロニーの替わりに人々の主な生活の場は地球、火星、月、そしていくつかの小惑星をくりぬいてできた小惑星コロニーなど。そこには太陽系内の交易があり、政治があり、人々の暮らしがあった。ガンダム風に言えば「人はそこで子を産み、育て、そして死んでいく」場なのだ。それは特別なことではなく、世代は変わり、考え方も、体型も、それぞれの場所に応じて変わっていく。人類は新たな時代を迎えていた。
最初に言っておく。おもしろいぞ。
そしてもうひとつ言っておく。どうして続編を訳さないのだ?
さらに言っておく。amazon prime video のオリジナル作品として映像化されシリーズが見られるぞ。The Expanse シリーズだ。読み終わってから気がついた。
近々見るけどその前に続編が読みたい。
さて。
太陽系が人類の住処となり地球と火星の間に緊張が起きてから150年。当時は小惑星帯もまだ遠かったが、やがて鉱物資源にめぐまれた小惑星帯から木星衛星系、土星衛星系、そして天王星衛星まで人類の居住空間は拡張していった。あいかわらず二大人類惑星である地球と火星は緊張関係にあり、小惑星帯の人々はつねに両惑星からの圧力にさらされていた。そんな時代の物語。
主人公はふたり。ひとりは土星と小惑星帯の間で氷の塊を運ぶ輸送船カンタベリー号の副長ジム・ホールデン。仕事は単調、船は100年超のおんぼろ。そこで働くのはわけありの者たちばかり。火星の小型輸送船スコピュリ号の救難信号を受けて数名のクルーとともに確認と救助に向かったところからホールデンにとっては休まることのない事件に巻き込まれていく。
もうひとりは小惑星帯と外惑星系の玄関口となる小惑星ケレスの警察事業を請け負う民間企業に勤務する古株の刑事ミラー。いまは地球出身でなぜだかケレスの刑事として転職してきたハブロックと組んでいる。ミラーは通常の業務とは別に株主の便宜をはかるための仕事を命じられる。家出した一人娘ジュリー・マウを探しだし連れ帰ること。すなわち誘拐請負。うんざりするような仕事でも断れる状況ではない。しかし、ジュリーを追いかけるうちにミラーもまたとほうもない事件に巻き込まれていく。
事件の舞台は小惑星帯。小惑星帯で起きた海賊事件は、小惑星帯と火星の緊張を生み、それを傍観していた地球と火星の緊張を生み、やがて全面戦争の危機が迫る。
そのきっかけをつくるのは、そういう政治的な自覚のない素直で隠しごとの嫌いなおじさんホールデン。
それが原因で起きる太陽系規模のできごとにふりまわされ刑事としての自信もなくしえらい目に合うのがミラー刑事。
鍵を握るのはジュリー・マウの存在。
果たして太陽系で壊滅的戦争が起きるのか、止められるのか。
そして、その影にある不審な動きとは。
冒頭のプロローグでは、宇宙船内で起きた異様な状況が語られる。人体が変容し生きてうごめく肉となっている。そこにかろうじて頭が残っており助けをつぶやく。このプロローグが何を意味しているのか。大きな謎を残したまま物語はふたりの主人公を通して動き始めるのだった。
作品としてうまいところをついている。主人公のひとりは世界情勢に大きく関わっているのだが、それはあくまでもきっかけであって本人にはまったくその自覚がない。そして、むしろ巻き込まれているだけだという思いがある。実際にその通りでただ巻き込まれただけなのだが、大声で「俺は巻き込まれたー、これはおかしいぞー」と太陽系中にアピールするもんだから「きっかけ」になってしまうだけなのだ。それも1度でなく2度3度。太陽系中で知らない者がいないぐらいの人間になってしまう。でも、本人には自覚がない。気にしているのはクルーのことと自分のことだけ。
だから、この時代の非日常的な日常を通して太陽系時代を楽しめる。
もうひとりの主人公もくたびれた刑事という役柄上から時には体制側、時には知りすぎた男としてこの世界の日常を描く。
起きている出来事は大きくても、おっさんふたりの動きは主体的というより流された結果に腹を立ててあたふたしているだけなのだ。しかも、その行動が世界の動きに影響を与えてしまう。このバランスがよくできている。