アイヴォリー


IVORY

マイク・レズニック
1988

 邦題として「ある象牙の物語」と副題がつけられている「象牙」の物語である。その象牙とは1898年にタンザニアのザンジバルで競売にかけられ英国自然史博物館の地下倉庫に収められた「キリマンジャロ・エレファント」のことである。この世界に現存している世界最大のアフリカ象の象牙である。
 銀河歴6303年、民間の調査会社ウィルフォード・ブラクストンの調査員ダンカン・ロハスのもとに「最後のマサイ族」ブコバ・マンダカが高額の報酬で私的調査を依頼する。3千年前を最後に手がかりを失ったキリマンジャロ・エレファントの象牙を探し出して欲しいというのだ。「最後のマサイ族」として義務を果たすためにどうしても必要なのだという。
 ダンカンは、対話型コンピュータの検索能力をフルに活かしながら象牙の行方と、その物語を探していく。それは西暦1885年から今日まで続く地球の、銀河系の、人類の、銀河系種族の歴史であり、孤高の象をめぐる旅となった。

 マイク・レズニックはケニアのキクユ族を中心に据えた連作SF「キリンヤガ」を1998年に発表している。「キリンヤガ」では22世紀の地球からテラフォーミングされた小惑星キリンヤガでの物語であった。それより10年前に書かれた本書「アイヴォリー」はダンカンが調査し、コンピュータが探し出した物語として19世紀から銀河歴6300年(銀河歴は30世紀に制定)の7000年に渡る物語である。
 象牙は巨大な孤高の象の力の象徴であり、あるものにとっては権威、あるものにとっては政争の材料、あるものにとっては芸術の鍵、あるものにとっては盗むべきお宝、あるものにとっては戦争の口実、あるものにとっては苦しみの根源となる。

 さらに本書を読むにあたってはふたつの要素が見逃せない。
 ひとつは「象牙」である。「象牙」は主に東アジアにとっては権威の象徴であり、日本では印鑑の材料として使われている。象牙の取引が原則禁止されているが「持続可能な合法的取引」はいまだ認められている。
 そして、アフリカ象の密猟は止んでいない。
 アフリカ象に限らず、人類は種の保存を言いながらも、大量絶滅を招き続けている。そうして、絶滅が避けられなくなると「保護」を言い出す。
 本書「アイヴォリー」で、人類の故郷である地球に脊椎動物はほぼいない。陸上で見られる大きさの動物といえば昆虫ぐらいである。人類が絶滅を招いたのだ。
 そして、他の惑星でも現住の生物たちは滅ぼされていく。

 もうひとつは「マサイ族」である。今日では「マーサイ族」と表現されるアフリカの民族であり、遊牧民として知られる。
 作者のマイク・レズニックはアフリカの歴史や文化に造詣が深く、それをモチーフにした作品をいくつも出している。本書もそのひとつであるし、そこに差別的要素はない。マサイ族は現在も国境を持たず定住を求めぬ伝統的な生き方をしている人たちも多いと聞く。一方で都市型の生き方を選択した人たちもいるようである。
 伝統的な生き方の中には、現代の人類社会の価値観とは相容れないものもある。そういった相克はいまも、これからも起きるであろう。それは個人と生まれ育った社会との間の問題であり、可能性の問題でもある。
 本書「アイヴォリー」のなかでも、この問題は物語全体の基層となって流れており、それが結末まで続く。
 ひとことで答えを出せる問題ではない。

 本書の物語は壮大であり、他のいくつかの作品と未来史(宇宙史)を共有するものとなっている。第一にエンターテイメント作品であり、そのところどころに考える材料が転がっている、そう思うことにしている。

 2023年、最初に読んだSFであり本であった。「新しい戦前」なんていう言葉が世に放たれた年でもある。新型コロナウイルス感染症パンデミックは勢いを収めていない。大国ロシアは旧ソヴィエト連邦のひとつウクライナへの侵攻を続けており、それが第三次世界大戦の口火とならないことを祈るだけである。
 21世紀、まだ宇宙世紀ではない。