THE MEMORY OF WHITENESS
キム・スタンリー・ロビンスン
1985
「レッド・マーズ」「グリーン・マーズ」「ブルー・マーズ」の火星三部作の著者キム・スタンリー・ロビンスンの初期の長編作品である。解説では「ある意味ではデビュー作」と紹介されていて、作者がデビュー前から執筆、構想を温めていた作品であることは間違いない。
なるほど。
たしかに後の火星三部作や2012年に発表された「2312 太陽系動乱」での太陽系のあり方を彷彿とさせる。作者は火星のオリュンポス火山がことのほかお好きであり、水星の周回軌道(移動)都市のアイディアもずいぶんお気に入りのようである。読者である私も大好きだ。
キム・スタンリー・ロビンスンの作品は読みやすい部分と読みにくい部分があって、情景描写が非常に細かく、それが心象描写ともつながっているので読み進めるのが難しい。とくに本書「永遠なる天空の調(とわなるてんくうのしらべ)」は、その設定から難しいのである。
中心的な登場人物であるヨハネス・ライトは天才的な音楽家であり、「オーケストラ」マスターである。西暦3229年における「オーケストラ」とは我々の知るオーケストラとは根本的に異なるひとつの「楽器」である。それは音楽を奏でる楽器とコンピュータの複合構成物であり、その時代に唯一選ばれたひとりのマスターが演奏する太陽系で唯一の存在である。
人類は2052年に最初に火星に入植をはじめる。その後太陽系に拡張をはじめたが300年ほど前、天才数学者・物理学者のホリウェルキンが「変化の十形式」と呼ばれる論文を発表。それは大統一理論を含むものであり、その理論を応用して太陽からエネルギーを直接的に獲得する技術が開発された。また重力の制御についての理解も進み太陽系には重力1Gで太陽の光とエネルギーに照らされたコロニーが次々と建設されていった。
3229年とはそんな時代である。ホリウェルキンは「変化の十形式」の理論を通じて宇宙の法則が「音楽」と密接につながりをもつことを伝えるために自ら「オーケストラ」を設計した。きわめて複雑な「オーケストラ」の演奏は、人と人、人と宇宙を革新させる力を持つと考えられ、その演奏は太陽系中の関心事項ともなった。
いま、ヨハネス・ライト8代目のマスターとして外惑星型から火星を経て地球に向かうコンサートツアーの途にあった。ヨハネスと彼の「オーケストラ」と運営や保安、照明などのスタッフを乗せた宇宙船とツアーを追っかけるファンたち、さらにはそれぞれのコロニーや惑星での観客。話の回し手は音楽ジャーナリストのデント・アイオスが相務める、長く壮大な物語。
物語の影にはグレイ派とよばれる宗教団の存在と音楽協会の役員会議長にして秘密結社を組織しグレイ派ともつながりを持つエルンスト・エイカーンの陰謀が。
この物語をなんといったらいいのだろう。
まるで壮大な歴史小説を読んでいるかのような気持ちになるのだ。
主人公たちは外惑星型から天王星、冥王星(当時はまだ惑星の位置づけだった)のコロニー星系を経て火星、そして地球に旅をする。ヨハネスはホリウェルキンの「変化の十形式」がもつ宇宙の法則と音楽の関わりの真実を明かそうと苦悩しつつ作曲と演奏を続ける。ホリウェルキンの真実に関わる知識を持つと自負し、ヨハネスを殺そうとするグレイ派とそれを止めようとするグレイ派の反主流派、グレイ派と関わりながらヨハネスの地位を奪おうと考えているエイカーン。それにそれぞれの惑星やコロニーの人々や行政のあり方。
太陽系ロードムービー的小説である。
すごく冒険があるわけでもないが、ヨハネスのあるところに事件も起こり、死もあり、混乱も、群衆の興奮もうまれる。主人公たちが動くことで物語は展開し、花開く。
このオーケストラなる楽器と音楽、聞いてみたいね。