2022
野田サトル
「ゴールデンカムイ」の連載終了(完結)を記念して、このゴールデンウィークに全編無料配信されるというので通しで読むことにした。たしか2年ほど前に途中までを無料配信していて、そのとき一度読んでいたような気がしたが、いつものざる頭、しっかり忘れているので安心だ。
時代は20世紀初頭、場所は北海道を中心とした作品だが、本編中の回想として幕末から明治維新にかけての新撰組の動きや戊辰戦争五稜郭の戦いなども登場する。本編は日露戦争が終結した2年後の1907年にはじまりおよそ2年弱の間に北海道中をかけまわり、さらには樺太を経て北海道に戻る実にあわただしい物語である。
物語の筋は、一部のアイヌたちによって集められ、埋蔵された途方もない金塊の手がかりをめぐる主に3つの勢力の争奪戦である。その中で、鍵を握るアイヌの少女アシ(リ)パと、彼女と行動を共にする日露戦争の生き残り「不死身の杉本」を通じて、厳しい自然環境の中で生きるアイヌ民族や北方の少数民族の文化や開発以前の北海道の動植物、風景を漫画という「絵」で語る物語である。
本筋では、アシ(リ)パと不死身の杉本、大日本帝国陸軍の情報将校鶴見中尉をリーダーとする一派、実は戊辰戦争で死んでいなかった土方歳三をリーダーとする一派の3つの勢力の争奪戦で、その3つの間で裏切りや策謀、変節する登場人物たちや、手がかりとなる者たち、手助けしたり関わりのある者たち、そして主要登場人物たちの過去が複雑にからみあいながら進行していく。
漫画としては集英社のジャンプ系(ヤングジャンプ掲載)らしく、激しいアクションと暴力に満ちあふれた冒険奇譚である。しかし、舞台の北海道や樺太、そして、アイヌ文化が物語に深みを与え、とりわけ序盤の情景の美しさや動物たちの動き、狩猟・採取、料理のシーンの美しさ、細やかさはじっくりと鑑賞する価値がある。
また、アイヌ語監修にアイヌ語研究の中川裕教授を迎え、ロシア語にも専門家の監修を迎えるなど、荒唐無稽な物語に終わらせない迫力を感じる。
この物語の芯には少数民族であるアイヌ民族の現代への道も描かれている。差別され、独自の文化、言語を持つ民族であることを否定されてきたアイヌ民族を「差別し、否定してきた」側から書かれている物語なのだ。その差別はいまだ解消されているとは言えない。差別の解消とは「差別してきた側」の問題である。「ゴールデンカムイ」を通じて学ぶことも多かった。これは決して過去の物語ではない。
さて、極私的感想だが、私の出自の半分は薩摩にあるので親類には薩摩弁を話す人も多い。当時の軍部は薩摩藩出の者が重用されていたこともあり、薩摩弁もしばしば登場する。薩摩弁が物語の展開の鍵となるシーンもある。薩摩弁が書かれていると、その言葉のイントネーションが頭に浮かんでくる。そして、イントネーションが正しいと文章や単語の意味がとても分かりやすくなる。ちょうど韓国語を文字で見てもまったく分からないのに音で聞いていると知っている単語が出てくるようなものである。あいにくアイヌ語のイントネーションは聞き覚えがないのだが、きっとそういうように日本語と隣接するアイヌ語には近いところと遠いところが混ざっていて、そこに独特の音節が入ってくるのだろうなどと想像してしまう。
「ゴールデンカムイ」を世界が帝国主義時代となり、北海道が開拓期にはいる中での騒乱の物語として読むも良いし、黄金の鍵となる囚人たちに彫られた入れ墨の謎と、その「入れ墨人皮」をめぐる猟奇的なサスペンスとして読むも良い、歴史改変として見るもよかろう。壮大なエンターテイメント作品である。気軽に読むこともできる。
物語を追ったら、あわせて一コマ一コマに描かれた細やかな絵の中に込められた情報の多さ、深みも味わってみたい。そんな作品であった。
注:この作品は激しい暴力、戦争による大量殺人の情景、人間および動物の死体の毀損や、物語の進行上において必要な差別的言動などが描かれています。人によっては嫌悪感や心理的ショック等を持つ可能性もあります。著者は冷静かつバランスよく書いており、作品にはまったく問題ないと思いますが、人に勧める場合には、その点の留意や配慮が必要かも知れません。