銀河帝国を継ぐ者

A CONFUSION OF PRINCES

ガース・ニクス
2012

「選ばれた少年」が軍隊や政治機構の中で様々なミッションや事件の中で人々と出会い、昇進し、人間的にも成長する。ひとつの物語のパターンであり、ミリタリーSFなどでもよく見る光景である。
 原題は「プリンスたちの混乱」、邦題は「銀河帝国を継ぐ者」。タイトルからしても主人公がどんな目に合うのかなんとなく想像つくので、ある意味安心して読み進められる。
 ほっとするきれいな作品であった。

 遙かな未来、人類は銀河系に広がった。1700万の星系、何千万もの植民星に何兆という人類と非人類の知的生命体が銀河帝国の支配下にあった。銀河帝国は3つの技術の上に成り立っている。メカ技術、バイオ技術、そして、サイコ技術である。帝国には敵もいる。帝国に与しない人類・人類派生種族、異星生命体のサッド・アイやデッダーたちである。絶えず危機にさらされながら帝国の版図を守り、広げていく。そのために、皇帝の下に帝国頭脳中枢があり、1千万人の「プリンス」たちがこの帝国頭脳中枢と常につながりながら、実質的な統治をしていた。そして、プリンスを支えるのが様々な特殊技能を持つ奉仕者(プリースト)たちである。とりわけ暗殺のマスターはプリンスの生命を救う上で重要な存在である。
 プリンスは、サイコ能力などを帝国から見いだされ幼い頃に臣民から選抜されていく。選抜された時点で実の親との関係は完全に途絶する。
 プリンスは、元々の能力の強化に加え、帝国頭脳中枢との常時接続をはじめ様々な人体改造を受けたハイブリッドの支配者として育てられ、教育を受ける。そして16歳になるとプリンス候補から正式なプリンスとして統治の道を歩み始める。あるものは宇宙軍に、あるものは植民星の統治機構に…。
 主人公のケムリは、16歳の誕生日の今日、正式なプリンスになった。その直後から他のプリンスたちに暗殺されかける。プリンスたちは派閥を作り、邪魔なプリンスを殺そうとするのだ。もっとも、プリンスは正統な理由がある限り、帝国頭脳中枢によって再生される。実質的な不死でもあるのだ。しかし、皇帝は20年に1度退位し、別のプリンスたちが皇帝候補となって皇帝に変わる。その時期が迫っていた。
 ケムリは、プリンスになり、銀河帝国の虚実を目の当たりにしていく。秘密の試練を与えられ、戸惑いながらもプリンスとして「上」をめざすために帝国の義務につくしていく。
 しかし、やがて、ケムリは「知的存在」として「人間」として様々なことに気がついていく。プリンスという精神的、身体的、社会的特権が犠牲にすることに気がついていく。

 この作品の背景に流れているのは、社会機構の中での人間性の問題である。学校を卒業し、社会に出た途端、多くの人々は自分が社会機構のひとつの役割を果たすことを求められていることに気がつく。ある者はその機構の中でうまく立ち回ろうとするし、ある者はほどほどに自分の落とし所を考える。ある者は機構の中で支配的立場を目指し、ある者は機構の中でたとえば経済的自由を得ることで機構から自由になったと思い込もうとする、ある者は機構の中に組み込まれていることを考えないように生きる。しかし、社会機構の中で生きている限り、そこには個人としての人間性との矛盾が常に発生する。
 超特権階級であるプリンス・ケムリが成長する過程でそのことに気がつき、それぞれの場面で「選択」する物語である。
 どんな選択をするのか、あなただったらどうするだろう、私だったらどうするだろう。
 とはいえ教訓的、教条的な作品ではない。純粋なエンターテイメントライトノベルでもある。だから若い人に読んで欲しい作品だ。

転位宇宙


THE ATLANTIS WORLD

A・G・リドル
2014

「第二進化」「人類再生戦線」に続く第3部、完結編である。タイトルがいいね。「転位宇宙」原題は「アトランティスの世界」である。
 パンデミックで世界が崩壊しつつあるなか、プエルトリコのアレシポ天文台では残って研究を続けていた天文学者が人工的な信号をキャッチしていた。明らかに異星のの知性体からの信号である。
 ところで、地球はアトランティス人が調査対象にした時点でアトランティス人の技術によって地球内部からも外宇宙からも相互にあらゆる信号が出入りしないように管理されていたのである。なぜどんなに調べても地球外の文明の信号が受信できなかったのか、それはアトランティス人が地球を封鎖していたからなのだ。
 実はすでにアトランティス人の母星は「敵」の攻撃によって破壊されていた。銀河の先史文明であるアトランティス人たちもかなわない「敵」。「敵」はアトランティス人に関わるすべての知的種族を滅ぼしに来る。やがては地球にも。そして「信号」は罠に違いなかった…。
 さて、ケイトとデヴィッドの地球人は地球人として生きていこうチームと地球人を制圧して闘う存在に仕立て上げたいイマリグループ・ドリアンの戦いは泥仕合の様相を呈していた。再生したアトランティス人の軍人、ケイトの中の過去の記憶、実は生きていて人類のひとりとしてケイトたちの近くにいたアトランティス人の研究者、それぞれの思惑が人類の危機を前に錯綜する。
 さあ、地球を離れ、飛び出し、アトランティス人と地球人の危機をなんとか救おうじゃないか。ここまで大変だった地球人、そろそろ物語も大団円を迎えて良いじゃないか。ここまで読んできたのだから。
 やっと冒険SFらしくなってきやがったぜ。主人公は変わらないけれど、なんだかずいぶん立場や考え方が変わったような気もするが、それが人生というもんだ。

人類再生戦線


THE ATLANTIS PLAGUE

A・G・リドル
2013

「第二進化」に続く3部作の第2部。原題は、ん?「アトランティスのペスト(疫病)」。まあぶっちゃけるが「第二進化」でストーリーの後半の中心であった敵の「人類にパンデミックばらまいておおむね殺しちゃえ、でもって生き残ったやつは進化するぜ」作戦はみごとに発動してしまうのだった。すまん、ネタバレだ。まあだいたいのところ分かっているから気にすんな。
 あともうひとつ。アトランティス人とは人間とそっくりだけど人類ではなくて高度な文明を持つ異星人だった。アトランティス人が7万年前に人類を滅亡から救い人類の進化を結果的に助けてしまったのだ。
 さて、人類は侵略の危機にあるからそれに対抗するためには人類を強制進化させなければいけないと考え、そのために多くの人を急速に死を招く疫病をまきちらしたイマリとリーダーのドリアン。パンデミックによる混乱に乗じて世界征服にも乗り出した。
 一方、なんとか疫病を食い止めたいと研究を続けるケイトと、ケイトのために命を張るデヴィッドの主人公チーム。情勢は刻々と悪化するなかでケイトは自らの秘密を知り、デヴィッドは死んだり生き返ったりしながら、徐々に真相に近づいていく。
 ケイトは自らの記憶の中に数万年前のアトランティス人の記憶が存在しており、それが徐々にケイトを蝕んでいくことを自覚していたが、その記憶の中に疫病を治療し、人類の生存の道があるのではないかと記憶の中に入っていくのだった。ケイト命のデヴィッドはそんなケイトをなんとか助けたいと思うのだが…。
 世界を着実に征服下に置きはじめたイマリと、イマリの思うとおりにはさせまいとする人たちの戦い、アトランティス人と人類の間の真実、数万年に渡って存在してきたアトランティス人の探査船の中の様々な装置…。
 果たしてアトランティス人は人類の支配者なのか、殺戮者なのか、救世主なのか、それとも…。
 まったくの続編である。というより大長編の第2部なので、ここだけ読んでもあんまりな感じがする。間違って本書を手に取ったら、ページを開かず第1部の「第二進化」を読むべし。本書までくるとちょっとアクションが派手になっていく。ちょっと人間離れしてくると言ってもいい。でも舞台は地球だ。いいか、みんな、舞台は「まだ」地球なのだ。
 刮目して第3部を読むべし。

第二進化


THE ATLANTIS GENE

A・G・リドル
2013

 原題「アトランティス遺伝子」の名の通り、プラトンが記述した「アトランティス」をモチーフにした作品である。アトランティス(アトランティス大陸、アトランティス島)は、ジューヌ・ヴェルヌをはじめ多くの小説、言説、オカルト、疑似科学などで取り上げられている。楽しく遊んでいる範囲ではいいのだが、「ほんとうの歴史」「隠された真実」のような反知性主義の象徴的存在にもなっているので、アトランティスをモチーフにしている作品にはどうしても警戒感がある。とはいえ3部作まで翻訳されているのだし、ハヤカワさんが文庫SFに並べるのだからそこは信頼して読むことにした。釣り書きには「全米100万部突破」とあるが、日本での100万部とアメリカでの100万部ではずいぶん意味が違ってくるよなあ、と、読む前から眉につばをつけてしまいそうになる。

 さて内容だが、多発する多国籍テロリズムに対抗するため、世界規模での対テロリズム組織が秘密裏に構築されていた。各国の限られた要人などにしか知られていないその組織の名はクロックタワー。デヴィッド・ヴェイルはそのインドネシア・ジャカルタの支局長である。いま、クロックタワーは謎の組織から攻撃を受けていた。しかも、クロックタワーのメンバーに謎の組織は浸透しており、クロックタワーの組織そのものが謎の組織に乗っ取られようとしている。ヴェイルは早々にその危険を察知したが、敵の動きは速く、ただ逃げるしかなかった。
 一方、ケイト・ワーナーはインドネシアで自閉症研究センターの主任研究員として症状を持つ子供たちを被験者とした研究を続けていたが、謎の組織に被験者のふたりの子供をさらわれ、逆に警察に嫌疑をかけられてしまう。
 やがてデヴィッドによってケイトは救出されるが、それがふたりの長い果てしない物語のはじまりであった。
 南極ではナチス時代に一度発見された巨大な構造物が再発見され、突入がもくろまれていた。
 チベットではケイトの元から誘拐された子供たちを含め、多くの人たちがベルと呼ばれる装置にかけられ命を削っていた。生き残ったのはふたりの子供たち。それは「アトランティス遺伝子」が活性化したせいではないかと謎の組織は考えた。いったいキャサリンはどんな治療を行なったのか?
 クロックタワーを襲った組織、子供たちを誘拐し、南極での構造物調査を行なっていた組織、それこそが世界規模での民間警備(軍事)会社を経営し、様々な多国籍事業を行なっているイマリグループであった。その代表のドリアン・スローンがすべての中心にいたのである。
 そして、ドリアンは今まさに「人類を救うため」という名目で感染症による人類の大量虐殺をもくろんでいるのだった。それは生き残った者の「アトランティス遺伝子」を活性化させ、人類をもう一段進化させるとドリアンは考えていた。

 デヴィッドとケイトは様々な危機に遭遇しながら少しずつその謎に近づいていく。果たしてドリアンの陰謀は止められるのか。
 南極にある構造物とはなにか? 人類の隠された真実の歴史とは。
 アトランティスとはいったいなんだったのか? さらに約7万年前に起きたとされる大規模噴火による気候変動(寒冷化)と人類絶滅の危機、いわゆるトバ事変をどうやって人類は乗り越えたのか、いまその秘密が明らかになる!
 ということで、アクションと謎解きの第一部である。
 2013年の物語を軸に、数万年前、1万年前、1917年、1938年、1985年と過去と現在が錯綜しながら人類とアトランティス遺伝子の秘密が明らかになっていく。

 SFではある。パンデミック、人類の進化の秘密、歴史の背景にある秘密組織の存在…。サスペンス要素たっぷりだが、疑似歴史や疑似科学、陰謀説、陰謀論など、ネット時代に表面化した「それを真実と思い込む人たちと、そういう人たちを利用する人たち」とは一線を画そうという抑制的努力は感じる。それでぎりぎり読める作品に仕上がっている。そういう危なっかしさは感じるのだが、そのあたりが作品の魅力でもあるのだろう。
 少なくともデヴィッドとケイトはそれぞれに特殊能力的なものは持っているが、ある意味でごく普通の人として描かれており、主人公に権力志向がないことも、この作品のバランスの良さだと思う。
 すでに3部作は完結しているので、話はここまで。
 第2部、第3部は主人公は変わらないもののおもいっきりぶっとんでいくので、第1部を読んだならこの先まで読むことを強くお勧めしたい。

最終人類


THE LAST HUMAN

ザック・ジョーダン
2020

 読み始めて真っ先に思ったのは、シュライクに育てられている人類の娘、というもの。シュライクは「ハイペリオン」(ダン・シモンズ、1989)に登場する時を超越する殺戮者。真っ黒い外骨格を持つカマキリのような異星生命である。主人公のサーヤは、異星種族のウィドウ類のシェンヤによって育てられている人類の娘。ウィドウ類はシュライクにそっくりなのだ。もちろん、殺戮者ではなく、ネットワークを形成する知的種族のひとつであるが、その闘争本能は強力である。このウィドウ類のシェンヤが人類であることを隠すため希少なスパール類として登録し、守り育っているのがサーヤである。

 読み進めるうちに感じたのは「百億の昼と千億の夜」。光瀬龍が1965年~1966年に雑誌連載し1967年に単行本化されたSF小説である。そして萩尾望都が光瀬作品を原作に1977年~1978年に雑誌連載した同名の漫画作品である。
 本作「最終人類」には「神」は出てこないが、その世界観や雰囲気は萩尾版ときわめて似ていると感じたのだ。生命の躍動と空しさ、仏教用語的には色即是空空即是色のようなことだ。

 読み終わってよくよく思い返してみると、後半に出てくる主人公サーヤの「仲間たち」の構成が「オズの魔法使い」(ライアン・フランク・ボーム、1900)の主人公ドロシーの仲間たちとそっくりだということに気づく。すなわち、ブリキの木こり、臆病なライオン、案山子である。気がついてちょっとほのぼのする。サーヤもドロシーがそうであったように魔法使いではないが高次の存在にだまされたり、裏切られたりしながら選択するしかなかったのだ。

 さて、印象はともかく、作品についてまとめていこう。本作「最終人類」はザック・ジョーダンのデビュー作であり、最終刊行まで4年半、執筆数250万語を経て約13万語の作品として発表されるに至った。
 物語の世界は銀河系のネットワーク世界。10億以上の星系、140万以上の知的種族のほとんどすべてが参加している巨大な社会である。第二階層以上の知性があれば法的人格権が認められ、それ以下であれば法定外の人格となる。それは自然生物、人工物に関わらず、知的レベルのみで判断される。運搬ドローンにも衛生施設にも知性はあるが法定外、というわけだ。そして、この世界で人類はネットワーク世界の許されざる敵であり、遠い昔に絶滅した種族である。
 しかし、人類にも生き残りがいて、主人公のサーヤは自分が人類であることを知っていた。人類だと知られた途端に狩られる存在になることも。そのために、ネットワーク社会の基本であるネットワークに全感覚で入るためのインプラントも入れられず、間接的なコミュニケーションツールでの限定的ネットワーク利用しかできずにいた。知的にも法定人格は認められても最底辺の仕事しか与えられない、そんな未来がすぐそこにあった。仲間を探したい、自由にネットワークにアクセスしたい、人類と名乗りたい、サーヤの思いは募る。
 母であるシェンヤはサーヤを娘として認識し、そのすべてをかけて守ることを本能的に誓っていた。
 やがて事件は起こる。そして人類としてのサーヤが発見され、彼女は生きるための戦いに巻き込まれるが、それは大きな大きな大きな壮大な陰謀の幕開けでもあったのだ。
 このネットワーク社会は、階層社会である。サーヤを含む第二階層の知的存在には第三階層の思考の早さ、深さは想像も付かず、ネットワークでの「みえる」「できる」レベルも格段に異なっている。ましてその上の第四階層、ネットワークそのものは時空への操作も含めてその能力や行動の意味は第二階層にとって想像することさえ難しい。外で走り回る蟻は気にならないが、家の中でうろうろしてきたら殺すか外に出してしまう。その蟻にとっては人間のそういう気まぐれは理解も想像もできないだろう。そういうことだ。
 そして、サーヤはネットワーク宇宙のひとつの役割を負わせられる。報酬は「人類」。

 ヴァーナー・ヴィンジの「遠き神々の炎」にも似ているかな。
 好きです、こういう話。でてくる集合知性オブザーバ類にはちょっと閉口するけれど、どこかで似たようなやつ(ら)を見たり読んだりした記憶があるのだけれど、オリジナルがどれか分からないので、これは実際に読んだ人への宿題ということで。