ナイン・フォックスの覚醒

NINEFOX GAMBIT

ユーン・ハ・リー
2016

 原題は、「九尾の狐のギャンビット」。ギャンビットとは、チェスの初期でポーン(歩駒)をわざと失い、長期的に優位に立つ戦略のこと。なるほど。原題を理解すると、ストーリーの狙いがよく分かる。
 ファンタジースペースオペラなのかな?
 基本的には宇宙ミリタリーSFのカテゴリーに入るのかな?
 主人公は星間専制国家六連合の軍人ケル・チェリス。兵士でありながら、戦略に欠かせない数学の天才でもある。別の道をとることもできたのに進んで兵士になったとも言える。この世界は、「暦法」によって物理法則が決まり、計算式とその解をうまく使い、フォーメーションと武器を効果的に使うことで敵を攻撃することができる。しかし、異端とよばれるちがう「暦法」は、別の法則によるため、攻撃のあり方が変わってくる。つまり、「暦法」という場と「数学」という術による魔法的世界ともいえる。
 主人公のケル・チェリスは、軍人として作戦を受け、異端を攻撃し、異端が拡張するのを防ぐのが仕事である。
 この世界でもっとも恐れられている軍人がいる。かつて作戦を完遂するために無数の兵士と民間人を犠牲にした司令官シュオス・ジェダオである。彼は肉体を失った状態で永遠ともいえる静止・監禁状態にあった。
 いま、このシュオス・ジェダオの監禁を解き、その力をもって解決すべき戦略上の危機が訪れた。ケル・チェリスはシュオス・ジェダオの力を授けられ、仮ではあれ司令官として大規模な軍を率いていくのであった。
 ファンタジースペースオペラなのかな?
 ミリタリーSFだよね。
 あれ、途中からAIロボットの存在感が増してきたり。
 ん、これは魔法なのかな?

 あ、でも、なんとなく「デューン」シリーズのような世界の創世感はあるなあ。
 あと現代的なのは、ジェンダーや多様性に対する価値観かな。
 RPGゲームのような感じもするし。
 3部作の第一作目だということなので、ちょっと保留。

(2021.4)

銀河核へ

銀河核へ
THE LONG WAY TO A SMALL, ANGRY PLANET
ベッキー・チェンバーズ
2014
 最高におもしろいスペース・オペラ。こういうのが読みたかった。SFが21世紀の価値観に彩られている。様々な酸素呼吸型の異星人種と地球人が一緒に過ごす世界での日常の仕事と暮らし。クライマックスを除き、なにか極めつけに特異なことが起きるわけではない。ただ生態と思考方法が異なる人達が同じ宇宙船や宇宙船の外の世界で関係を結ぶ。浅い関係、深い関係、知らないが故の誤解、片方だけの理解、相互理解。物語というのは大抵そういうものでできているが、まったく生態が異なる異星人種と、銀河規模では遅れている人類という世界だからこそ、いろんなことがよく理解できる。とてもやさしい視点に包まれた冒険小説。
 さて物語。地球はもはや生存に適さないぐらいに汚れてしまった。人類集団のうち、富裕な者たちは火星に移住し、そうではない生き残った者たちは離郷船団であてどなく新たな地を求めて旅立った。その後、人類はほろぶ直前に銀河共同体に属する種族のひとつに発見され、かろうじて銀河共同体の一員として加わることを許された。
 物語はそれから数百年後にはじまる。
 この銀河共同体は、各星系間を超次元を用いたトンネルのようなものを使って時間の制約なしに往来し、銀河共同体の一体性を保っている。しかし、このトンネルを建設するには、トンネル建造船がその目的地まで実空間でたどり着き、そこから、もよりのネットワークハブのようなところまで接続させる必要がある。逆に言えば、もよりのハブのようなところまではトンネルを使って行けるが、そこから目的地までは結構長い月日を航行しなければならないのだ。
 小さな仕事ばかり請け負っていたトンネル建造船ウェイフェアラーのアシュビー船長は離郷船団出身の人類。確実、堅実な仕事ぶりで知られていたが、事務経理作業の信頼性を高める必要があった。そこで求人をかけて雇用したのが、火星出身のローズマリー・ハーバー。若く、まだ宇宙経験も浅いが、銀河共同体の異星種族の言葉にある程度精通し、事務関係の仕事もできる期待の新人だ。事務専門員を雇用したことでウェイフェアラーには、銀河共同体政府から大きな仕事が舞い込んできた。現在、共同体に加盟していない内部紛争の激しい種族の一派と加盟協定を結んだので、彼らが支配する銀河核周辺部に新たなトンネルを作って欲しいと。まだ紛争の残る地域であるが、危険はないと言われ、長い長い旅に出ることとなった。
 ウェイフェアラー号は人類中心の船で、船長とローズマリーのほかにも気難しい土星の衛星出身の藻類学者、気がよくて腕の立つ独立植民地出身の機械技師、AIにぞっこんのコンピュータ技師という人類の乗組員がいる。それ以外にも、エイアンドリスク人の明るいパイロット、グラム人のやさしい医師兼料理人、シアナット・ペアとよばれて他者と関わりを持たない超次元ナビゲーター、それに、みんなに愛されているAIのラヴィーがいて、気持ちいい食堂がついていた。そこで、少しずつそれぞれの人達と関わり、関係性を深めていくローズマリー。主人公のローズマリーをはじめ、ひとりひとりに過去の物語があり、現在とつながっていく。
 特異なことが起きないといっても、強盗あり、犯罪あり、恋愛あり、秘密ありで飽きることはない。
 ローズマリーを中心とした、それぞれの人々の物語である。
 生態や考え方が異質だから、忌避し、差別する。それが人類の歴史だった。
 しかし、お互いを知的生命体として理解する、理解しようと努力することで、その負の思考が愚かなことだったと分かる。コミュニケーションと相互理解は、世界を動かす正の原動力なのだ。
 いや、堅苦しい話しにしてしまったが、ほんとうに軽い冒険小説であり、難しいことは何もない冒険活劇、スペース・オペラなのだ。
 気持ちいい「スターウォーズ」とでも言おうか。
 よい物語に出会った。
(2021.2)

果てなき護り

果てなき護り
THE FOREVER WATCH
デイヴィッド・ラミレス
2014
sideA
「世代船」といえばSFの王道。地球を離れた超大型の宇宙船が新天地を目指して長い長い旅を続けている。世代交代する中で、世代船しかしらない世代は時に目的を失い、時に、外の世界である宇宙があることを実感しない。ハインラインの「宇宙の孤児」(1963、元は1941年の2作品)は昭和の頃、日本で何度かジュブナイル作品として紹介されていて、ものすごく印象に残っている。そんな香りがただようのが本作「果てなき護り」である。地球を出て347年、乗船しているスタッフはその「能力」に応じて仕事が割り振られている。能力とは、いわゆる超能力であり、テレパシー、物質移動能力、運動能力の強化、治癒力など、天性の能力に加えて、インプラントを挿入し、世代船のエネルギーを引き出して、その能力を強化することができる。
 女性は出産の義務があり、その間は仕事を休むことになる。出産しても、子どもと面会することはなく、また、妊娠・出産の期間は事実上昏睡状況に置かれるので失われた時間となる。
 数万人の人々の能力は大きな格差があり、そして、その階級ごとに、世代船の中でいける場所や情報へのアクセスが限られている。
 船内のルールに違反するとときに「再調整」により記憶を失い、別人格となって生きることにもなる。
 ハナ・デンプシーは、高い能力を持つため、若くして都市計画局の行政官をつとめているエリート。ある事件で知り合った無口で無骨な警察官のバレンズと少しずつ恋に落ちていた。周りからは、格差のある関係をめずらしがっているがハナは気にしていない。
 上司が不審な殺され方をした後、閑職に追われたバレンズは、上司の死の犯人や、その特異な死体の状況を追いかけ始めた。やがてそれはハナも巻き込み、世代船の隠された秘密に迫る大事件につながっていくのだった。
 というのがあらすじ。
 そもそもどうして人類は地球に住めなくなったのか? 目的地の惑星カナンはどうやって選択されたのか? 世代船で出産が義務なのはなんとなくわかるが、どうして妊娠期間を通じて昏睡状態におかれるのか? 人類がどうやって能力を獲得するにいたったのか? 遠き未来、それらの疑問を胸に読み進めていくことになる。
 大丈夫、全部回収されるから。
 そうねえ、全然舞台は違っているけれど、世界設定とかキャラクター設定を見ているとアニメ版の「攻殻機動隊」シリーズが好きな人にはおすすめできる。解説によると作者のデイヴィッド・ラミレスも日本のアニメが大好きだそうだし。
(2021.2)
sideB
 世代船について
 人類が他の星系に移住し、その版図を広げていくにはどのような方法があるだろうか。SFではさまざまな手法が生み出されてきた。もっとも大きな障害は距離と速度。既知宇宙は広大で、地球太陽系が属する銀河系だけでも直径10万光年以上。光の速さで10万年以上の距離である。通常の移動手段でどこまで光速に近づけられるか。
 人類が地球上にホモ・サピエンスとして登場したのが約20万年前とされる。言語の誕生から数万年経って記録としての文字が誕生したのは約5000年前とされる。そこから人類の進化は急速だったが、記録に残るこの間の変化を考えると、数百年、数千年を必要とする世代船は、そのものが人類の生存空間として、そのなかで人類は社会的、生物的に変化をしてしまうだろう。その変化と世代船という技術を前提とした閉鎖生態系であり移動手段の維持とメンテナンスはとても難しいものになる。
 卑近な例で言うと、原子力発電所の放射性廃棄物の保管問題である。10万年にもおよぶというその管理を、実際にどのようにすればいいのか。文明が変わり、言語が変わるなかで、科学技術的退化の時期が来た場合、その危険性や意味を理解してもらえるだろうか。むしろ、「掘るな」と書かれると「宝か?」と思われるかも知れない。
 世代船は、物語としては実に面白いが、実は現実味がない方法である。
 では、最近のSFではどうしているのか。
 ひとつは冷凍睡眠方式。これなら文化的変化を止められるし、出発世代がそのままなので目的も共有できている。問題は、船の維持管理と操船。コンピュータ任せにするのか、それが自律意識を持ったAIなのか、それとも少数の人間が交代で目覚めるのか。そこに事件が発生する。
 次に分かりやすいのが播種船方式。受精卵だったら小さくて済む。必要に応じて成長させ、増やしていくことも簡単だ。出発時に残る側の取り残されるという精神的なトラウマも起きない。問題は、やはり操船と、到着した後の第一世代をどのように育て、教育し、開発と社会を形成するか、となる。目的共有も難しいことになるだろうし、リスクも大きくなるので、播種船方式の場合には、数も必要になるだろう。
 播種船方式と冷凍睡眠方式の変形として、データ化された精神とナノテクによる肉体の形成技術を併用して送るという方式もある。
 映画「インターステラー」では、ホワイトホールで時空を超えて別の銀河星系に行くことでその問題を解決しているが、行き先が生存可能かどうかが分からないという難題を抱えていた。

シンギュラリティ・トラップ

シンギュラリティ・トラップ
デニス・E・テイラー
THE SINGULARITY TRAP
2018
 読み終わってから、作者が「われらはレギオン」3部作の人だったと気がつき、合点がいく。舞台は近未来の太陽系。主人公は、地球での収入増が見込めず、近い将来破綻が予測される家族の夫であるアイヴァン・プリチャード君。プログラム専門家だ。一発逆転のためにアステロイドベルトで鉱物を採鉱する採鉱船に乗ることにした。鉱物にめぐまれた小惑星を発見すれば大金持ちも夢じゃない。過去の探索で失敗し、破綻寸前の採鉱船マッド・アストラの株を買い、専門要員として乗り込むことになった。
 そのはるかはるか昔、人類が地球上に進化し登場するはるか昔のこと、恒星系から恒星系へ旅を続ける自動航行船が太陽系に入り、そこで地球上での生命活動の兆候を発見し、知的生命体の出現に備えて遠くの小惑星に「密使」をしかけ、そしてまた別の恒星系へと飛び立っていった。
 王道のテイラーにとってここからしばらくは予想通りの展開。ある有望な小惑星を発見し、そこの所有権を確保するために2重小惑星に乗り込んだマッド・アストラ号とアイヴァン君。小惑星のひとつばビンゴ!大当たりで、乗員全員が大金持ちになること間違いなしの上物。ところだ、小惑星のもうひとつで、「密使」と接触し、アイヴァン君に変化が!!! えらいこっちゃ、ばれると採鉱船ごと隔離される。とはいえ、地球や軌道上の宇宙港を汚染する可能性は否定できない。お金は欲しい、アイヴァン君の様子は気になる。
 さあ、どうする、どうなる。
 という物語だ。
 そこから先は、テイラーお得意のユーモア満載ごり押しストーリー。
 それにしても、「密使」を置いた先行宇宙知性体の目的は何だ?
 宇宙では何が起きているのか。
 1冊で話がとても大きくなるぞ。
 とてもお得かもしれない。
 もともと、オーディオブック用に書かれた作品だけに流れが分かりやすく、ハラハラドキドキも基本に忠実。小説の組み立ての勉強になる。
 物語が大衆化していくことはいいことだ。
 さて、原題のシンギュラリティ・トラップだが、その言葉通り、人類はシンギュラリティを迎える直前の状況である。はたしてシンギュラリティは人類に何をもたらすのか。この20数年、多くのSF作家がこの問いを物語にしてきた。それは地球上で完結することはなく、常に宇宙規模の話となっていく。本作品は太陽系とはいえ宇宙空間で宇宙船が主舞台なのでシンギュラリティについて考える上でも興味深い舞台設定になっている。
 シンギュラリティで生まれる知性は、人類をどう扱うのだろうか。
(2021.1)

地を継ぐ者

地を継ぐ者
INHERIT THE EARTH
ブライアン・ステイブルフォード
1998
 22世紀の終わり、一度荒廃した都市と地球は再生の道を歩んでいた。気候変動によって傷んだ自然環境はナノテクや技術開発、さらには、疾病と紛争によって人口が減ったこともあり、回復に向かっていた。
 ナノテクと生化学技術、遺伝子工学技術によって不死ではなくとも不老超長寿となったごくわずかの高齢者たちが企業、金融を支配していたが、それ故に、後の世代から恨まれており、彼らはエリミネーターと呼ばれる非組織の殺人者たちに常に狙われていた。
 若い世代は先行世代に実質的に支配され、経済的な成功は難しく、長寿は保証されていても、仕事も生きがいもないという状況にあった。エリミネーターは、そんな世代間の固定化しかねない不安と不満から生まれたのである。
 若い世代の中には、自分達が怪我や病気に対して強いこと、簡単には死なないことから、ナイフなどを使った個人対戦をヴァーチャルリアリティの映像作品として公開し、スリルと興奮を売っているストリートファイターと呼ばれる者もいた。世界は徐々に仮想化もしている。
 さかのぼって22世紀初頭、世界は激動していた。2度に渡る経済格差と世代間の深刻な対立による紛争は地球上のあらゆる都市に荒廃をもたらした。とくに、人類が妊娠不能に陥ったウイルスは絶望と混乱をもたらし、そしてそこに新たな希望と秩序が訪れる。人工的な出産技術体制と不老不死への技術革新が鍵であった。それはしかし新たな世代間対立を生むだけであったのだ。
 地を継ぐ者とは、地球という「地」を誰が継承するかということである。企業と個人、先行世代とやがて不老不死が確立するであろうという現行世代の対立の狭間で物語は進む。
 主人公は人工出産技術を確立し、50年ほど前に死んだコンラッド・ヘリアーの息子で、その継承者になることを嫌い、その息子であることを隠して生きる仮想環境デザイナーをしているデーモン・ハート。先行世代と現行世代の狭間で、支配する者と支配される者の狭間にいる元ストリートファイターである。
 物語は、彼の育ての親たちのひとりがエリミネーターに誘拐されたことではじまる。デーモンは父の同僚たちが複数の養父母となって父の後継者となるべく育てられていたのだが、彼自身はそれを嫌ったのだ。しかし、養父母であることは変わりない。そして、エリミネーターは死んでいるはずのコンラッド・ヘリアーは生きていると主張をはじめた。デーモンは、この誘拐事件とその背後にある動機に向かって動き出さざるを得なくなる。それは「地を継ぐ者」=未来を選択するできごとになっていく。
 不老不死というのは、人類が物語を手にしたはじめころからのひとつの大きなテーマであって、老いて死ぬ運命にある者と不死者の関係性の物語は繰り返し生み出されてきた。個人的には先日ようやく読み終わった「光の王」(ロジャー・ゼラズニイ 1967)は不死・転生者の物語であり、たとえば「メトセラの子ら」(ロバート・A・ハインライン 1941,1958)、なんてのもある。20世紀終わり頃からのSFになるとすぐに仮想化されちゃうので不死は当たり前になっていて、時折実体化するのもいいね、なんて感じだ。そんななかにあって、本書では、不老不死社会になる直前のもやもやを描いた作品で、とても興味深い。
 21世紀初頭のいまだと、そういう社会を大きく変える技術的な転換点はまだまだで、通信技術、エネルギー技術、移動体・交通技術、生化学、生物科学など、ちょっと先は見えているけれど、具体化するにはどれもまだ足りないという時代である。そんな時代だからこそ、SFには変わりゆく世界の光と影を指し示す力があり、新たな物語が生まれる力を持つと思う。
 COVID-19パンデミックの世界にあって、人々の行動変容とともに、良き世界に変わる前に、世界が引きこもることで、人々の流れが滞り、目が外に向かなくなり、独裁や支配を求める者たちが息を吹き返しつつある。
 何か大きな世界的イベントが発生すれば、それに伴い、たいてい悪い方向に世界は進むが、その先には必ず希望があり、しかしそれは自らの手で切り開いていくしかない。
 物語はそういうことを繰り返し繰り返し伝えてゆく。SFの面白さであり使命でもある。
2021.01