星間帝国の皇女 ラスト・エンペロー

星間帝国の皇女 ラスト・エンペロー
THE COLLAPSING EMPIRE
ジョン・スコルジー
2017
 ジョン・スコルジーは安定のおもしろさ。基本的なとんでもないアイディアをぐいぐいと押してストーリーに仕立て上げるプロ。今回は宇宙の人類帝国もの。これまでも光速を超えた銀河規模の人類世界は多くのSF作家によって書かれてきた。その宇宙の帝国ものは大きく二つに分かれていて、ひとつは異星知性体や非人類生命体などが登場し、もうひとつは人類およびその派生体のみでできた世界である。こちらはすくなくとも本作の限りにおいては後者。人類の宇宙、人類の帝国である。そして人類は大きくは変異していない超未来の話。
 世界を統べるのは「相互依存する国家および商業ギルドの神聖帝国」インターディペンデンシーの皇帝。現皇帝アタヴィオ六世はその死の間際にいた。後継となるべき皇太子は不慮の事故で死に、皇室から遠く離れて暮らしていた皇女カーデニア・ウー=パトリックが急きょ帝国の中心惑星ハブに招かれ、次代の皇帝となる準備をしていた。
 この世界はフローと呼ばれる簡単に言えば「別の時空を流れる川」によってこの時空では超光速に見える移動が可能となっている。しかしフローには出口と入口があってその近傍のみにしか人類は移動することができない。フローの両端に惑星や恒星系と惑星を利用したコロニーが形成されそれらが相互依存の形で数十億の人類を支えている。フロー間の移動もまた、2週間から9カ月かかる。そして、地球は人類にとっては失われてしまった世界。
 帝国は、皇帝とその軍、各星系ごとの独立した国家であり、それを支配する得意分野を定められた公家の権力によって成り立っている。その基盤は皇帝の議会、相互依存の鍵となる商業ギルド、そして、一般の人たちの心のよりどころである教会であり、それらの3つの権力中枢と皇帝を結ぶのが幹部委員会である。複雑な権力構造、複雑にいりくんだネットワーク社会。
 そこに皇帝になんかなりたくなかった皇帝が誕生し、そして、この世界の危機を知る。先帝が学友のフロー物理学者から指摘されたフロー世界の危機。フローが安定さを失えば、この相互依存ネットワークが壊れ、それは人類滅亡の危機にさえなりかねない。
 権力闘争の陰謀のなかで、若き皇帝はどう立ち向かうのか。
 はじまり、はじまり。
 ダン・シモンズの「ハイペリオン」シリーズにも似た設定だが、ストレートな人間ドラマであり、エンターテイメントである。
 次を早く! 早く次を!

レッド・ライジング2 黄金の後継者

レッド・ライジング2 黄金の後継者
GOLDEN SON
ピアース・ブラウン
2015
 三部作シリーズものの2作品目。最近は2作品目のオチが3作品前提で「そこで終わるの?」というものが多いような気がする。
 もともと火星ものSFに目がないので手に取っているのだが、2作品目になって、ますます火星ではなくなっていく。最初の舞台は宇宙戦艦で、そこから月、そして火星などなどに向かう。主人公は、ダロウ・アウ・アンドロメダス、別名リーパー(刈り手)。火星総督オーガスタ家の槍騎兵として契約し、将来の後継候補としても嘱望されている支配階級ゴールドの若者である。しかし、その実体は、少年時代の終わりに、若き妻を殺され、ゴールドへの復讐と火星の政治体制の転覆を目指す最下層階級レッドのダロウである。アレスの子どもたちと呼ばれる反体制集団によって人体改造と厳しい訓練、新しい身分を手に入れ、エリート養成校で勝ち抜き、火星総督オーガスタ家の元で艦隊司令候補として最終テストを受けていた。
 しかし…。
 ということで、月に居を構える人類社会の皇帝、オーガスタ家をはじめとする有力ゴールド族同士の策謀、陰謀のなか、火星と人類社会の覇権をかけての争いがはじまろうとしていた。そんななか、ダロウは仇敵のオーガスタ家の元で、火星の解放を思いながらも、その権力闘争の真ん中に巻き込まれていくのだった。
 知恵と戦略、仲間を作る能力に長けたダロウの行動は、帝国内部の権力闘争を激化させていく。激しい戦闘と策謀。ダロウは禁じ手を使う。ゴールドにしか認められていない武器や立場を一時的であれ他の(下の)階級の者に使わせるのだ。それは信頼の証であるととともに、ダロウに疑いの目を向けることになる。ダロウの他者への信頼が勝つのか、確固とした社会制度の中に生きる人たちの価値観が勝つのか。勝利は誰の手に。
 SFのジャンルのひとつ、スターウォーズ(帝国)ものである。舞台が太陽系と少々手狭だが、現在の科学知識を使いやすいのでリアリティはだせる。
 超未来の話なので、人類は生き残りのために遺伝子改造を受け、種族ごとに役割分化した階層社会となっているわけだが、基本的な人間の属性は現在の私たちと変わらず、さまざまな欲望に満ちている。それゆえに分かりやすい物語であり、映像化もしやすいのだろう。しかしいまの分断に満ちた世界で分断が固定化された物語は受け入れられるのだろうか?
(2020.08)

レッド・ライジング 火星の簒奪者

レッド・ライジング 火星の簒奪者
RED RISING
ピアース・ブラウン
2014
「火星」と名前がついていると手を取ってしまう癖がある。火星は太陽系でもっとも身近でテラフォーミング可能性の高い惑星だからだ。太陽系には、地球と似た惑星が2つある。金星と火星だ。金星は太陽に近く、その熱の処理が難しい。火星は太陽から遠く、熱が足りない。しかし、薄いながらも大気があり、水があり、生存可能性が高い。もうひとつ、木星の衛星エウロパなども生存可能性はあるが、人類にとって火星こそがもうひとつの地球となりうる惑星なのである。2000年代になり、火星探査が本格化すると、その知見を生かした新たな火星像に基づくSF作品も増えてきた。ますます火星がおもしろくなる。
 時ははるかなる未来。舞台は火星。階級化された世界。最上位はゴールド、最下層はレッド。実際にゴールドは金の肌を持つ支配層。レッドは火星の地下でヘリウム3を採掘する。地球由来のアナヘビの襲撃と、ガスポケットを抜いた爆発におびえながら、ドリルを使い深層を掘り進む。主人公はレッドの若者ダロウ。新婚のドリル・ドライバー。レッドに事実上定められた貧困の中で、新婚の妻イオを食べさせること、親族を食べさせること、氏族の名誉を守ることのために生きている。
 やがて、ダロウは自らの不名誉とともに惑星の真実を知る。火星のテラフォームはすでに終わりレッドは支配階級のために奴隷とされていたのだ。
 ダロウは革命を求める秘密結社に見いだされ、この世界を変えるため、そして復讐のために、ダロウはレッドから肉体改造によりゴールドに変わり、偽りの身分を得て、ゴールドの若者のためのエリート養成校に入校した。ここを勝ち抜き、時代の艦隊司令候補、惑星総督候補となるために。
 ゴールドの中でもエリート中のエリートを自認する名家の若者たち。いくつかのチームに分けられ拠点を守り、唯一の生き残りチームとなるよう放置される。まずはチームの中でリーダーとなるために、そして、他のチームを追い落とすために、あらゆる策謀、陰謀、連携、野合、友情、愛情、暴力、脅迫、裏切り、信頼の行為が行われる。ダロウもまた、強い意志を持ってこれを切り抜け、トップエリートの道をめざすのであった。
 黒いハリーポッター。
 おもしろいけど、火星である必要はなかった。
 続編もある。
(2020.8)

われらはレギオン3 太陽系最終大戦

われらはレギオン3 太陽系最終大戦
ALL THESE WORLDS
デニス・E・テイラー
2017
 3部作の3部です。1作目、2作目を読んでいない人は、そもそも読んじゃだめだし、3作品は一気に読みなされ。まあ、日本語のタイトルがあれだけどね。「太陽系最終大戦」もうミリタリーSFかと思うじゃないの。まあ、その要素もあるけど、ミリタリーというよりやはりスペオペだし、太陽系は、ストーリーのごくごくごくごく一部にすぎないのよ。
 敵はマクロスの巨人属です。ゼントラーディですね。彼らが大きいかどうかは分かりませんが、彼らアザーズの宇宙船は巨大です。ゼントラーディも真っ青です。
 さて、ボブの物語であることは変わりません。主人公はすべてボブです。いろんな名前のボブが出てきますが、ボブはボブ。タイトルは、BOB are BOB でいいのかも。
 ちょっとアザーズにちょっかいかけちゃったら怒っちゃってねえ。本気出してくるんだもん。なんとかしなきゃ。
 とりあえず、地球人類の他星系で居住可能そうな惑星への移住ははじまった。2つの兄弟惑星に少しずつ少しずつ移民を送り出して、人類の可能性を広げようとするボブ。遠い子孫にも会ったし、惑星デルタのまだ若き種族とも長い付き合いになってるし。
 アザーズに滅ぼされかけている状況で、ボブによってごくわずかの人数だけを助けることができた異星種族もいるし。(おお、彼らの居住惑星も探さねば)。
 とにかく、アザーズがボブと人類世界を攻撃する前に、準備態勢を整えなければ。
 そして、この宇宙の大侵略者をなんとか食い止めなければ、この銀河宇宙にアザーズしかいなくなるかもしれない。(ま、この銀河宇宙にボブしかいなくなるかもしれないけどね)。
 相対論的な時間軸と、ル・グィンのアンシブルのような相対論を無視した通信手段の確立により、ボブはスペオペらしい作戦を立案し、そして実行をはじめるのだった。
 もう「レンズマン」だし、「エンダーのゲーム」なのだ。
 そして、ボブはボブなのだ。いったい何人のボブが出てきたのだろう。
(2020.4)

われらはレギオン2 アザーズとの遭遇

われらはレギオン2 アザーズとの遭遇
FOR WE ARE MANY
デニス・E・テイラー
2017
 はい、3部作の2作目ですね。紹介し難いですね。本書は「古きよき、スペースオペラを愛するすべての人々に捧げる」と書いてありました。そうですね。古き良きスペオペで銀河系をまたぐといったら、「レンズマン」「スカイラーク」「スタートレック」「スターウォーズ」「宇宙の戦士」あたりがぱっと頭に浮かびますね。
 さて、2作目ですからね。1作目を読んでいない人は、すぐに目をつぶってくださいね。だめですよ。ネタバレとか怒っちゃ。
 ボブはいっぱいいますね。地球はこわれかけていて、生き残った人類は、せっかくやってきてくれたボブになんですぐ助けないんだとお怒りです。そんなこといったって、全員よその生存可能な星に連れて行くには足が足りない。ボブも足りない。資源も足りない。太陽系の資源はすっからかん。生存エリアごとに相互に我先だと喧嘩はするし、食料は恒常的に足りていないし、人類が地球の敵だというテロリストは破壊活動やめないし、もうわやくちゃ。
 一方、人類で言うところの石器時代の入り口にいる異星人種をみつけたボブは、天敵に滅ぼされかけている彼らをなるべく介入しないようにしながら助けようと日々もがいている。
 ほかのボブは、ブラジルの攻撃的AIにやられたり、なんとか対策を練ったり、狙われたり、狙ったり。テラフォーミング可能な惑星を気長にテラフォーミングはじめたり、遠く旅をしたり。
 そして、資源が根こそぎなくなっていて、そして、文明が完全に破壊され、それなのに、そこに生きていたであろう異星人の死体などが見当たらず、惑星は荒廃している不自然な惑星を見つけたり、して、それは、明らかに、別の強大な宇宙航行文明に破壊された跡で、どうみても、資源を集め、食料を集めているとしか思えなくて、つまり、ボブと、ボブが見つけた惑星と異星種族と、地球と、人類にとっての危機になるの、だ、と。
 宇宙に出始めたばかりのAIボブ。多くなったといってもたかが知れている。
 相手は、無慈悲で強大な敵。みつかってはいけない。しかし、やがて遭遇するだろう。そして、地球が見つかれば、せっかく助けようとしている人類が壊滅。
 ひいいいいい。
 しかし、AIボブたちはあきらめない。
 弱い人類が強大な宇宙種族の敵の前に戦う。おう、古き良きスペースオペラよ。
(2020年3月)