渦状星系の深淵

渦状星系の深淵
ON THE RIM OF THE MANDALA
ポール・クック
1987
 原著が1987年、翻訳が1989年。人生で一番忙しかった時期じゃあないか。読んでないよなあ。宇宙にはどこかの先住知性体がつくったハブ(中院)があって、そこからスポーク(眷属)空域が8本伸びていて、その空域に入れば、空域内で超光速飛行もできるし、ハブを経由して別のスポークにジャンプすることもできる。地球はある時期にスポークに入り、そしてかすめて出てしまう。その間に人類の多くは宇宙に広がり、そして、彼らは地球を失った。そんな未来の物語。
 選ばれた政治官僚などだけが受けられる不死。超長寿である。主人公のコルランは、人造人間の愛人とバカンスを過ごしていたが、そこで事件に襲われる。突然、信じられないほどの能力と知性をもった怪物に襲われたのだ。
 それは、宇宙における人類社会を揺るがすような事件の幕開けだった。次々に起きる怪物事件。コルランは専任として事件を調査し、闘い、自らの心の闇と闘いつつ、その秘密をあばき、事件が宇宙規模の産業戦争にならないよう働く。
 という話なんだけれど、けれど。
 解説にあったように、映像化やアニメ化を頭の中でしながらビジュアルを楽しむ本なのだろう。
 不死、破壊銃、バイオ怪物、人造人間など、ガジェットはたくさん。
(2016.6.5)

ロボット文明

ロボット文明
THE STATUS CIVILIZATION
ロバート・シェクリー
1960
初版が1965年2月25日、51年前。私がこの世界に登場して1カ月弱の頃。本書は、1966年5月27日で5版。当時150円。古本店で400円が付いていた。ありがたく入手し、読んだ。読んでいる途中で表紙の折り目が破れてくる。50年前の印刷物だもの。
56年前の作品であるから、当時の政治的、社会的背景が色濃く出ているし、当時の「感覚」が本書に反映されている。核への恐怖、放射能への恐怖、突然変異への恐怖など。そして、差別意識なく差別的な表現が溢れている。これは、この当時のSFにはよくあった現象であり、おそらくこのままでは現在は出版できないのだろう。
ロボット文明というから、ロボットが出てくるかと思いきや、原題通りの作品。ストーリーをざっくり書くと、地球での犯罪者は惑星オメガに記憶を抜いて送られる。惑星オメガは生きていくのがやっとの犯罪者による階級社会で平均余命は3年とされる。厳しい自然条件、公的殺人が行われる社会。主人公のウィル・バレントは殺人の罪でオメガに送られるが、殺人をしそうなタイプではない。彼はオメガに到着した初日から、知らぬままに公的殺人の対象とされ、それを生き抜き、階級を上げることに成功した。そして、バレントは生き抜くためにひとつひとつの試練を超えていく。明らかにされない法、見えない上位階級の特権、それらのワナをかいくぐり生き抜いた結果、バレントは地球とオメガの真実を見いだす。
ディックが書けば、また違ったものになるのだろうけれど、ディックの初期作品群にも似た、「もうひとつの現実」に支配された人々の姿が出てくる。
管理され、自動化された人々。管理を抜け、怒りと絶望に満ちた人々。その両者ともにみられる抑圧。そこからの脱却。
50年前の話と笑えない、今。
(2016.3.20)

異種間通信

異種間通信
ジェニファー・フェナー・ウェルズ
FRUENCY
2014
 釣書には「傑作近未来ハード・サスペンスSF」とあるが、系譜的には正当派スペースオペラ序章って感じがするのです。
 主人公は、ジェーン・ホロウェイ博士。言語学者で、中南米にて他の文明と途絶された未知の言語集団とコミュニケーションをはかり、全滅寸前だった調査隊を生還させた経歴を持つ言語の天才。しかも美人。
 舞台はアステロイドベルト。NASAは知っていた。かつて地球に宇宙船が不時着し、そこに異星人が乗っていたことを。そして、その母艦がアステロイドベルトにあることを。その確認ために火星探査機マリナー4号を飛ばし、宇宙開発のすべては、この未知の存在を監視するためにあった。しかし、以来、宇宙船は沈黙を保ち、あと数年後には小惑星のひとつが宇宙船に衝突することが分かった。そして、人類は火星まで飛ぶ力を蓄えた。6人の宇宙飛行士が選ばれ、火星探査を目的に宇宙に飛び立った。もちろん、目的は、宇宙船との接触、調査。そのために、軍人、メカニカルエンジニア、コンピュータエンジニア、医師、パイロット、そして、言語学者が選ばれた。もし、知的生命体がいる場合には、言語学者が調査隊の指揮官となり、いなければ、軍人が指揮官となって調査を進める。
 そういうことで、宇宙船に到着し…。
 まあ動かない宇宙船内部での話なので、ほとんどが6人の人間ドラマなんだけれど、でも、「正当派スペースオペラ序章」にふさわしい展開だよ。
 宇宙船を破壊し、調査隊をおびやかす寄生生命体が出たり、ねえ。
 落ちは言えないし、続編はあるみたいだし。ま、難しくなくて、アメリカSFの王道で、ミリタリーSFほど教条的でもないし、おもしろいから読んで。
2016.1.29

神の水

神の水
パオロ・バチガルピ
THE WATER KNIFE
2015
 1970年代だったか80年代だったか、資源枯渇がずいぶんと話題になった。人口増加、経済成長、工業化は、石油資源、水資源の不足をもたらし、人類は危機に陥る、と。アメリカ大陸で行われている単一作物の大面積栽培は地下水のくみ上げによって成立し、土壌は塩類集積で荒廃、水資源も失われていき、動力である石油資源の枯渇とともに食糧危機にみまわれるであろう、と。
 その後、フロンガスによるオゾン層の破壊、二酸化炭素等の温暖化ガス濃度上昇による気候変動のリスクが全面に出てくる。石油資源については、80年代には値段が上がれば採掘方法が変わり資源不足には陥らないのではといった楽観論も流れたが、水資源については、確実に、深刻になっている。
 小規模であれば、海水をエネルギーをつかって淡水にすることは可能であり、その技術は中東などで利用されている。しかし、それはエネルギー=コストが必要である。
 ところで、アメリカ大陸は水が少ない。あー、中国大陸も実は水が少ないが、それでも、アジアモンスーン気候のおかげは大きい。アメリカ大陸でも全土で水に困っているわけではなく、ないところには、ない。ないところに、あるようにして人が集まったのがアメリカ南西部。その水の命脈は細い。
 気候変動の影響下の社会状況を書かせたら右に出る者のないパオロ・バチカルビの「ウォーターナイフ」は、近未来のアメリカ南西部での水をめぐる人々の物語である。州の力が強くなったアメリカで、水利権をめぐり実力闘争(軍事力)、謀略がめぐらされ、負けた都市では、人々が飢え、苦しみ、死に、環境難民となる。
 怖い話である。水にあまり困ることのないモンスーンの島国にいる私たちは、気候変動について漠然としか考えない。台風や寒波、熱波などは、「異常気象だよね」と言って、当事者以外は、イベントぐらいにしか思わない。
 しかし、環境難民は確実に発生していて、今後、水は国際紛争、地域紛争の最大要因にもなりかねない。
 描かれているシャワーを浴びたくて、洗濯をしたくて、富裕層に身体を売る少女たち。
 その姿は、政治難民、環境難民が増えつつあり、貧富の格差が極端に広がったこの10年のうちに、はじまっているのかもしれない。
2016.1.29

紙の動物園

紙の動物園
ケン・リュウ
THE PAPER MENAGERIE AND OTHER STORIES
2015
 アメリカ在住中国人のアメリカで発表されたSF短編を、日本でオリジナル編集した短編集。アジア的感性と緻密な構成が美しいSF小品となって並べられる。
 表題作の「紙の動物園」は時間を越えた家族と愛についての物語。母が折る折り紙は、母が命を吹き込み、動くことができた。ささやかな魔法。そこにこめられた想い。静かに心をゆさぶられる。決して電車などで読んではいけない。部屋にこもってひとりで読んだ方がいい。
 続いて並べられる「もののあはれ」は、たったひとつの冴えたやりかた。その後ろにあるひとりひとりの想い。
 もちろん、重い話ばかりではない。ラリイ・ニーヴンの短編のような軽いユーモアSFもあれば、テッド・チャンばりのハードな作品もある。
 銀背で出ているが、「芥川賞受賞『火花』著者又芳直樹さん推薦」の帯のおかげか、書店でもSF以外の場所に置かれていたりする。これがSFの入口になれば良い。これが、アジア系作品(英語からだけど)の入口になれば良い。
2016.1.29