シャドウ・オブ・ヘゲモン
SHADOW OF HEGEMON
オースン・スコット・カード
2000
「エンダーズ・シャドウ」の続編。主人公は、エンダーの部下・ビーン、ペトラと、エンダーの兄ピーター・ウィッギン。前作「エンダーズ・シャドウ」はビーンの物語であった。舞台は主にバトル・スクールであり、ビーンのみが、子どもでありながら大人の社会を知り、大人と交渉し、生き抜くことを考え続けていた。ビーンは、異星人との戦争が終わった後、人類社会がふたたび分裂し、戦争につながる権力争いがはじまることを予見していた。ビーンはまた、バトル・スクールをはじめ少年将校として集められ、教育されていた戦略の天才児たちが、その国際政治に巻き込まれるであろうことも予見していた。
それゆえにエンダーは、姉ヴァレンタインとともに、植民船に乗り、現代の地球から隔離される。
本書は、ビーン、ペトラ、ピーターという子どもたちが、大人社会で子どもという「差別」を受けながら、社会に対峙し、対応し、生き延び、そして、自らの成長と、社会への関わりを深めていく話である。
同時に、現在の国際政治の延長にある権力闘争ゲームでもある。著者があとがきで書いているとおり、「三国志」ゲームに似ている小説なのだ。
主人公たちの成長はそのまま社会への関わりであり、権力闘争でもある。もちろん、そこに大人達の権力闘争があり、主人公たちは、その権力闘争に介入し、物語を成り立たせる。まさしく「三国志」である。
近未来の話であり、ロシア、中国、インド、パキスタン、タイ、フィリピン、ブラジルなど現在の延長にある国家が実名で出てくる。だから、現在の、現実の紛争や国際政治との対比をどうしても考えてしまう。もちろん、著者も考えてのことだろう。
著者であるカードは、アメリカに住んでいる。しかし、アメリカは、風景としてしか登場しない。アメリカへの皮肉は混ざっているが、本書を未来予測として考えるのは無理があろう。
SFとして本書がおもしろいかどうか。それは、分からない。
「エンダーのゲーム」を読み、その結果、「エンダーズ・シャドウ」を読み、出ているから、本書を読んだのである。この続編はあと2冊用意されているという。出れば読むのだろう。しかし、本書が傑作であるとは思えない。「エンダーのゲーム」を読んだ人への著者からのささやかなプレゼントだと思えばいいのではないか?
(2004.6.22)