夏への扉

夏への扉
THE DOOR INTO SUMMER
ロバート・A・ハインライン
1957
 本書「夏への扉」は、タイムトラベルものの名著であり、SF古典として必読の書の一冊である。
 ストーリーをおぼろげにしか覚えていなくても、猫の護民官ピートのことは頭の片隅にこびりついているものだ。
 冷凍睡眠とタイムトラベルを組み合わせ、時間を超えた冒険と恋愛を描く。
 内容については、読んで欲しい。何も付け加えることはない。
 ハインラインの好き嫌いはあろうし、時代とハインラインの性格が生んだ男性、女性のステレオタイプ的な表現方法には辟易するところもあるが、ストーリーの軽妙さは今読んでもうならされる。さすが巨匠なのだ。
 さて、舞台は1970年と2000年。1957年頃に見た、ハインラインの10年後、40年後の未来世界である。
 1970年、コミュニズムは没落し、世界的経済恐慌を乗り越え、人工衛星が打ち上げられ、すべての動力源が原子力に変わった社会。冷凍睡眠は、生命保険会社の収益のひとつとなっている。全財産を長期にわたって顧客の心変わりなしに管理できるのだし、顧客に万が一のことがあれば、その財産の一部を手にすることもできる。いいことずくめの契約なのだ。
 主人公が開発したのは、文化女中器(ハイヤード・ガール)。家事を自動化する知性のない、メモリーだけはたっぷり入ったロボットに近い存在。究極の目的は家庭内の仕事という仕事はなんでもできるようになる「機械」を開発したいと思っている。
 主人公が思いつくのは、電気タイプライターの要領で操作する製図器。まあ、マウスとキーボードで操作する製図専用コンピュータみたいなものか。
 2000年、異例の暖冬異変。月には定期便が飛び、静止宇宙ステーションが軌道にいる。ジャイアンツは健在で、新聞は多色刷り。肉もあるが、イーストをベーコンのように加工しても食べられる。イギリスはカナダの1州で、インドとパキスタンはあいかわらず紛争中で、アジアは大共和国になっている。1987年に経済大恐慌が起こり、金本位制が崩れ、金は貴金属としての価値を失っていた。重力制御法が実用化されており、まだまだ発展している。主人公が開発した文化女中器は立派に進歩していたし、彼が思いついた自動製図器もあちこちで活用されていた。服装は、スティックタイト繊維により身体に密着したものとなる。
 でも、コンピュータはない。だから、主人公は、自動秘書機(オートマチック・セクレタリ)を思いつく。文書補助機能付きワープロに住所録、事務手続き補助、コピー機能がついたようなものだ。
 もっともっと、1950年代に見た未来が描かれている。
 なるほど、と思うところもあれば、なんとまあと思うところもある、2005年、作者が夢見てからほぼ50年後の未来での読み方だ。
 本書をはじめて手に取ったのは、文庫化された1979年から過ぎること1年。1980年のことであった。高校1年生である。純情な田舎育ちの少年は、時を超える不思議な恋愛に胸をときめかしたものだが、よく考えてみると、恋愛に関してはほとんど主人好の思いこみでできている作品である。これを冷凍睡眠やタイムトラベルのない現実世界でやったら、ただの変態かストーカーだ。やれやれ。
 そんな少年も、遠い2000年を漠然と夢見ていたが、コンピュータを自宅で数台稼働させ、コンピュータとネットワークを使って情報を集め、整理し、文章を書き、それをもって仕事としているなんてことは想像もしなかった。
 そして、個人的には電気釜を捨て、土鍋でご飯を炊き、伝統的な食材を集め、料理をすることになろうとも思っていなかった。
 未来は予測のつかないもので、書かれていることを言葉通りにとれば、まったく未来予測ははずれているのだ。
 そうであっても、本書の価値が減じるわけではない。なぜならば、護民官ピート氏の猫としての生き方に、SF者はみな心を打たれるだろうから。  そうそう、忘れるところであった。本書の邦題「夏への扉」は、原題の直訳である。このタイトルの美しさ。ハインラインは「地球の緑の丘」など、そのタイトルの美しさにも定評がある。だまされちゃんだよなあ。タイトルに。そして、タイトルを裏切らないんだよなあ。このタイトル、はたしてハインラインが付けたのだろうか?それとも編集者がつけたのだろうか。いずれであってもタイトルって大切だ。
(2005.3.14)