タフの方舟(1 禍つ星)
TUF VOYAGING
ジョージ・R・R・マーティン
1986
ジョージ・R・R・マーティンといえば、どこかで聞いた名だ。えっと、えっと、そうだ、「ワイルドカード」シリーズだ。あのシリーズのまとめ役でないか。そういえば、「ワイルドカード」シリーズの続編はとうとう出ないままだ。内容上不都合があったのか、それとも、訳者のまとめ役、黒丸さんが亡くなったためなのか…。
ということで、ハヤカワSF文庫の2005年最新作「タフの方舟」である。釣り書きには、「ジュラシック・パーク」や「ハイペリオン」など、SF映画ファンやSFファンを「おや」と思わせる文言が並べられている。どうやら、帯を書いた編集者も、本書の内容に感化されてしまったようである。
普通であるならば、私も、短編集を取り上げないことにしているし、まして、もう1冊がすぐに出ることとなっているものを途中で取り上げたりはしないものであるが、せっかく読んでしまったことだし、この独特のキャラクターに気おされて、ついつい文を連ねることになった。おそるべし、タフ。
内容はいたって簡単。
食いっぱぐれた星間商人で菜食主義で猫好きのタフさんが、1000年以上前の旧連邦帝国時代、人類が星間異星人間戦争を戦っていたときの兵器である「生物戦争用胚種船<方舟>」号を探す旅の運転手にやとわれ、結果的に彼のものになってしまう(1話)。
タフさんの時代には、こんな船をつくる技術も失われ、その船に集められた地球を含む多種多様な星の生物の胚、自動遺伝子組み換え技術、クローニング、局所的時間コントロール技術などはもはや存在せず、究極の兵器を手に入れたことになる。
しかし、1000年も放置された船であり、なおかつ、200人の兵士によって操船されていた宇宙船をひとりで動かすのはなかなか大変。そこで、工学技術の高い星のドッグに寄港して、修理とひとりで操船するためのシステムの変更工事を頼んだところ、その星は、人口爆発で崩壊寸前の状態で、なんとか、タフさんの船を買い取ってそれで戦争をしかけ資源を入手しようとするが、タフさんに売る気はない。しかし、ある解決法が…(2話)。
6星合同の生物見本市を見に行ったタフさん。そこに5星しか出展していなかったことから、もうひとつの星の窮状を知り、「環境エンジニア」として彼らの危機を助けようとする。その星は海の惑星で、植民して100年を過ぎたあたりから急にとてつもない怪物が海からあらわれ住民は食糧、交通手段を失って島ごとに滅んでいた。なんとか原因をつきとめようとするタフさんだが、的はずれなアドバイスに妨害されながらも見事に解決(3話)。
こうやって書くと、とてもタフさんはいい人に見える。しかも、宇宙を猫とともにひとりで旅をして、各星の危機を救うなんて…、キャプテン・ハーロックか?
しかし、まあ、このタフさん、丁寧だけど慇懃無礼、親切だけど、実はあこぎ。 裏表紙の内容釣り文には「宇宙一あこぎな商人」と命名されている。それほどあこぎではないけどなあ、やっぱりあこぎかも。
結局最後はあんたが一番儲けとるやないか、おっさん。けど、おっさんほんまに猫が好きなんやなあ。そりゃあ、おっさんは心の根っこのところはほんま、ええ人なんかもしれんけどな。やっぱ、あくどいんちゃうか。適正価格いうけどなあ、まあ、適正ゆうたら適正かも知れんけど、きっついこと言いなはるわ。まいった。払います、払いますとも。
と思わず、大阪弁風に書いてしまいたくなるぐらいのことはある。
さて、SFだった。
ここには、遺伝子組み換えやクローニング技術を使った動物、植物、細菌が、兵器として、あるいは、危機を救う道具として登場してくる。こういうので遊ぶところがマーティンの特徴かも知れない。
再三書いているが、私は今の地球で「おぼつかない」知識をものともせずに行われている遺伝子組み換え技術には深い懸念を持っており、とりわけ開放系で使われている作物や動物には潜在的に恐怖感を抱いている。
だって、地球はひとつだから。
人類至上主義を唱えるつもりもない。現在の人類のまま停滞すればいいとも思わない。
替えのきかない「環境」をおもちゃにして遊ばないで欲しいということだ。
だから、このタフさんが次々につくりだす過去の生物、あるいは、新たな生物工学的生物について、物語として楽しく読んでいる。タフさんの世界には、それで被害を受ける星と人には申し訳ないが、たくさんの星の替えがあり、生物工学技術とその背景となる生物の遺伝や成長や行動、環境影響についての深い知識があることが前提にあるから、私は楽しく読めるのだ。
この一見荒唐無稽空前絶後抱腹絶倒な小説に比べて、今の現実の方がよっぽど荒唐無稽空前絶後抱腹絶倒な状態である。手探りといきあたりばったりで環境中に生物工学の産物を開放するなんて…。
だから、私は、本書を読んで笑う。楽しむ。そして、うらやましがる。
とにかく、別に遺伝子組み換え技術に思うところがあろうとなかろうと構わないから、読んで、楽しめること請け合い。
タフさんなんていう、いそうで、いなさそうで、やっぱりいるかも、いやあ、こんなのいるわけないと思えるキャラクターはめったにお目にかかれない。
おすすめ。
(2005.4.29)