戦士志願
THE WARRIORS APRENTICE
ロイス・マクマスター・ビジョルド
1986
エリザベス・ムーンの「栄光への飛翔」を読んだら、久しぶりにマイルズ・ネイスミス提督に会いたくなった。そこで、「戦士志願」をひっぱりだして読み始めた。本書は、ネイスミス・シリーズのマイルズ登場第1冊目であり、彼、または、彼の家族、仲間たちを主人公にした数多くの作品が書かれている。ロイス・マクマスター・ビジョルドの執筆順は、時系列通りではなく、日本の翻訳順もだいたいは時系列に沿っているが必ずしもそうとは言えないし未訳もある。中心人物であるマイルズ・ネイスミス・ヴォルコシガンを中心に年代順に並べると、前後がずいぶんと入れ替わる。しかも長編だけでなく、短編集もあって、短編集は、長編をはさむ時期の話しもありややこしい。私は、創元SF文庫の出版順に読んできたので、時々前後が分からなくなった。それでも一向に構わないのは、ひとつひとつの作品の完成度が高い証拠である。
なにせ、作者ロイス・マクマスター・ビジョルドはこのシリーズだけでヒューゴー賞を4つ、しかも、長編3、短編1を受賞し、SF史に燦然と輝く記録を打ち立てているのだ。もちろん、ヒューゴー賞だけでなく様々な賞を得ている。
あらゆる世代の、あらゆる人のツボにはまる作品群なのである。
しかし、せっかく読み直すのだから、今回は、時系列順に読もうと思う。もっとも、マイルズ・ネイスミスの誕生以前の話については、後で読むことにして、まずはマイルズ・ネイスミスの活躍を楽しみたい。
本書「戦士志願」がすべてのはじまりである。
マイルズ・ネイスミス・ヴォルコシガンは17歳。惑星バラヤーの貴族の跡取りである。惑星バラヤーの血塗られた貴族政治社会において、マイルズの父は、第二皇位継承権を持ちながら、前皇帝、現皇帝に仕え、現皇帝が幼い頃は摂政として、今は首相として彼を支え続ける、惑星で最も恐れられる男である。母は、貴族階級などない別の惑星の軍人であったが、今は貴族の妻として、首相夫人として、その地位にある。そして、マイルズ・ネイスミスは、母が妊娠中に暗殺者の手により毒ガスを浴び、全身の麻痺や骨を含む成長がうまくできない障害にみまわれ、ちょっとしたことで骨折をしてしまう小さな身体に、きらきらと輝く目、卓越した頭脳と、喋りすぎる舌を持つ男として育った。
物語は、マイルズが士官学校に入学できなかった日からはじまる。
母の惑星に母方の祖母を訪ねる旅は、いつの間にか、廃船寸前の宇宙船をめぐる取引に変わり、飲んだくれの航宙士や、バラヤーの脱走兵などを次々に「救い」ながら、トラブルに巻き込まれ、いつしか傭兵艦隊の提督マイルズ・ネイスミスになるという話である。
とにかく、マイルズ・ネイスミスの危機回避は、その人に見下される小さな身体と、幼い頃から培った上級貴族としての人心掌握術、さらには、危機を好機に変えるとっさの「弁舌」や「態度」である。つまりは、生まれながらの詐欺師とも言える。だまして、だまして、いつの間にか、誰もが「その気」になっていく。 本書、および本シリーズのおもしろさは、主人公が肉体にハンデを持つ17歳の誇り高き上級貴族の成長期の青年という側面と、一大傭兵艦隊の経営者であり作戦司令者であるマイルズ・ネイスミス提督という側面のアンバランスさ、取りかえっこを自分でやっているところ、さらには、すべての危機を手持ちの能力、人、コミュニケーションだけでなんとかすると思わせる物語のテンポのよさ、そして、登場人物の深みに負うところが大きい。
このような物語に必ず登場する、無口で過去になにかありそうなボディーガードの軍曹の、その秘められた過去、彼と娘とマイルズの関わりの中の小さなエピソードが、その軍曹の人間を語り、そして過去が明らかになっていく。ささやかなエピソードの集まりなのだが、そこに「人間」を読むことができる。それは、重厚壮大ではないけれども、「人の物語」であり、それが、このスペースオペラに華を添える。
スペオペなんて子どもだまし、SFなんて大人が読むものではない、あるいは、SFって難しそうという方、ぜひ一度読んでみて欲しい。個人的には、ハリー・ポッターシリーズよりもおもしろいと保証する。(もちろん、ハリー・ポッターも好きだけどね)
(2005.9.30)