復讐への航路
MARQUE ANS REPRISAL
エリザベス・ムーン
2004
21世紀のスペースオペラである。前作「栄光の飛翔」では、宇宙運送会社一族の令嬢カイ・ヴァッタが、惑星宇宙軍士官候補生としての夢を追われ、失意の元で老朽船の片道運送船長として乗り込み、ひょんなことから次々と事件に巻き込まれる中で成長していく姿を描いている。
本作「復讐への航路」は、前作にほとんど時間差なく幕を開ける。
彼女と一族を狙ったテロ、無時間差通信のアンシブルシステムを狙った破壊工作が大規模にはじまる。ヴァッタ一族は、主要な血族をほぼ失い、一族としても、宇宙運送会社としても存亡の危機に立たされる。しかも、ヴァッタ航宙と良好な関係にあった惑星スロッター・キーの政府も、ヴァッタ航宙を見放してしまう。
惑星ベリンタに足止めを食らったカイ・ヴァッタは暗殺や運送船の破壊工作に次々と襲われる。家族の安否を気遣いながらも、生きのび、敵を探し、叩き、ヴァッタ航宙を再建するために立ち上がるカイ。
そして、そのカイのもとへ、元スロッター・キー宇宙軍の軍曹、ヴァッタ一族の女スパイや天才エンジニアの少年、さらには、過去にいわくありげな中年スパイ、はたまた前作でカイの天才的な対処能力に舌を巻いたマッケンジー傭兵社までが集まりはじめる。
軽妙な会話、ステーションでの派手な個人アクション、そして、息詰まる宇宙空間での艦隊戦、白兵戦…。
日本のSFアニメや「マトリックス」のようなSF映画を見ている人なら何の違和感もなく物語に入り込めるだろう。
本作「復讐への航路」は2004年に原著発表され、2005年に訳出されている。ほぼリアルタイムで翻訳されているので、次回作も出版され次第、翻訳に取りかかられると思われる。
世界観に特別なものはないが、いつでも若者の成長譚というのはおもしろいものだ。
なお、作者も自認している通り、本書はミリタリー(軍事)SFであり、(正しい態度の)軍および軍人に対して尊敬の念をもって書かれている。ある意味でとてもアメリカ的な作品である。
自立意識の高い主人公が、軍とそれに象徴される正当な政府への帰属という考え方に常に理解を示しているあたり、矛盾があるのではないかと思うのだが、なんのくったくもなく両立させている。
そもそも軍というシステムが嫌いな人には、そのあたりが苦手かも知れない。
このあたりの矛盾を物語として昇華しているのは、ロイス・マクマスター・ビジョルドの「マイルズ・ネイスミス・ヴォルコシガンシリーズ」の方であろう。こちらは、主人公の出自を軍人帰属社会で惑星政府を保持、代表する立場の存在として位置づけ、その上で、自立意識の結果としてデンダリィ傭兵隊という元は架空の部隊を作り、その将軍になるという形に見せている。また、そのクローンの登場や父の若い頃の行動との対比などで、常に、個人と政府、社会、義務と身分といったことへの対比を読者に提示する。
そういう葛藤が本シリーズでは今後出てくるのだろうか。
本作「復讐への航路」の中にも、カイに対して、スロッター・キー政府への帰属と、ヴァッタ航宙の再興、さらには、復讐の完遂といった目標に対して、それぞれが矛盾するかも知れないとの指摘が登場人物からなされている。その点は今後の楽しみとしたい。
(2005.11.30)