たったひとつの冴えたやりかた

たったひとつの冴えたやりかた
THE STARRY RIFT
ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア
1986
 本書「たったひとつの冴えたやりかた」は、邦題の表題作をふくむ3つの独立した中編をまとめた本であり、作者の遺作となった作品である。
 原題は、THE STARRY RIFT。銀河系の人類を含む連邦宇宙領域で便宜的な北の境界となる星の少ない未踏の領域「リフト」を意味する。このリフトの向こうにどんな星々があり、どんな知的生命体がいるのか、人類がまだ知らなかった頃の物語がみっつ納められている。そのうちふたつはファースト・コンタクトの物語。そして、この物語を紹介し、読むのはリフトの向こう側にいるコメノ族の学生カップル。彼らは異種である人類の事実を含むみっつの物語を読む。そして、共感する。理解する。それこそが、知的生命体の証だから。
 多くを言うことはないだろう。SF史に残る宝石である。
 SFは時として珠玉の作品を生む。その作品に共通する特徴こそが、「The Only Neat Thing To Do = たったひとつの冴えたやりかた」の一言に凝縮されていると言っても過言ではない。人は弱いと同時に弱くない。人はおろかだ。同時に人は思わぬ時に思わぬ強さを発揮する。そのおろかさと強さの同居に、人は感動を覚え、涙する。
 そうありたい。そうあれるだろうか。
 その行為を、理解し、共感する。
 この3編のうちの表題作となる「たったひとつの冴えたやりかた」こそ、トム・ゴドウィンの「冷たい方程式」を凌駕する美しく切ない物語である。
 この物語の特徴を文学的に、あるいは、心理的に分析することは容易に可能である。
 難しい構成をしているわけではない。
 必ず泣けるようにできている。
 しかし、そんな分析は意味をなさない。
 本書には「たったひとつの冴えたやりかた」の次に「グッドナイト、スイートハーツ」、そして「衝突」がおさめられている。「グッドナイト、スイートハーツ」は、ひとりの記憶を失った男の物語である。「衝突」は、リフトの先の知的種族と人類のもうひとつのファースト・コンタクトの物語である。こちらもせつなく悲しい物語であるが、残念なことに「たったひとつの冴えたやりかた」の影にかすんでいる感がある。この物語のテーマは「信じる」という言葉である。コミュニケーションとはつまるところ、理解と共感であり、それは「信じる」という言葉に集約することもできる。
 そして、この「衝突」は、現代史を肌で見つめ続けてきた作者が残した人類への率直なメッセージである。
(2006.4.30)