明日への誓い

明日への誓い
ENGAGING THE ENEMY
エリザベス・ムーン
2006
「栄光の飛翔」「復讐への航路」に続く、「若き女船長カイの挑戦」シリーズ第3作である。2006年に発表され、11月には邦訳されて店頭に並べられた。本文が650ページ近い大作を発表と同じ年に日本語で読めるのだからたいしたものである。
 さて、惑星スロッター・キーに本拠を置く宇宙運送会社の経営一族であるヴァッタ家は何者かに襲撃され壊滅的な打撃を受けた。一方、宇宙では惑星間の同時通信を可能とするアンシブル通信施設が各星系で破壊され、宙賊が宇宙航路の平和だけでなく、各星系の平和をも乱しはじめていた。アンシブルが不通となった星系の情報は錯綜し、本当に宙賊に襲われているのか、それとも星系が無事なのかさえもわからない。比較的平穏な星系の人たちも疑心暗鬼にかられている。そんな時代の変化を予感させるときが訪れていた。
 ヴァッタ家の生き残りである若き女船長カイ・ヴァッタは、宙賊の連合体に対抗し、ヴァッタ家を再興させるために奮闘をはじめる。一方、カイの従兄弟のステラは、美貌と天性の交渉能力を生かして、彼女なりにヴァッタ家の再興に力を注ぐ。アンシブルが不通となり、攻撃を受け続けるスロッター・キーのヴァッタ家を支えるのは、グレイシーおばさん。昔とった杵柄で、孤軍奮闘をはじめるが…。ということで、3人のヴァッタ家の女たちがそれぞれの性格と能力と知恵を生かして生き残りのための戦いをはじめるのであった。
 本書「明日への誓い」のような正統なスペース・オペラを読むと、ときどき、「舞台を未来の宇宙に移しただけじゃないか!」と思うときがある。なぜかといえば、人間そのものは変化していないからである。このシリーズでもサイボーグが出てきたり、主要人物は脳の機能を拡張させるインプラントを装着しているが、それで人間の質が変わるわけではない。現代の人間と価値観を変えているわけではない。三国志などと変わりはない。
 もちろん、それはそれでいいのだ。
 今の人間とあまりにかけはなれた精神や行動では、読者は限られてしまうからである。だから、そういう存在を出す場合には、対象として現在の人間の行動規範と同じような存在を出し、その存在を通じて物語との接点を持たせることになる。
 物語としては、基盤となる行動規範は現在の人間と共通の方が分かりやすい。分かりやすい物語は受け入れやすくなる。ということで、この手の物語が受け入れやすいのだから。
 そして、受け入れやすい物語を通じて、いくつかの技術や新しい知見を読者に拡張させることができるのである。それが物語の役割であり、機能でもある。
 と、突然物語論をはじめてしまったが、それほど高尚な話ではない。
 本書「明日への誓い」は、楽しく、心躍る、ミリタリーSFである。ミリタリーと書くと何か好戦的なようだが、三国志と同じような「国盗り」物語である。宙賊という「敵」に一族を滅ぼされた主人公が仲間を募りながら、乱世を乗り越え、敵を追いつめるとともに、世界を変えていく物語である。そして、予定では本編が5冊となっており、その3冊目にあたる本書は、ちょうど真ん中、起承転結でいえば、承と転の間にあたる。そういう気持ちで読めば、いよいよ物語が壮大になってきたことをうかがわせる。
 ここまで勢いで読んできたので、引き続き、コンスタントに発表していただき、翻訳していただき、安心して読み終えることを期待する。
 カイ、がんばれ! ってなもんだ。
(2006.12.23)