アイアン・サンライズ
IRON SUNRISE
チャールズ・ストロス
2004
人類文明からシンギュラリティ(特異点)を迎え、エシャトンが誕生した。生みだした人類には計り知れない知性を持つ存在エシャトンは、人類の存在する宇宙で時間・空間を超えて自らの目的を持った作為を行う。シンギュラリティを迎えたとき100億人いた人類の90億人は、時空を超えた宇宙の荒っぽいテラフォーミングされた世界にばらばらに放逐された。そして、姿なきエシャトンの統べる世界で、それぞれに独自の世界を作り、やがて地球の人類と再び遭遇した。人類はエシャトンによって短い期間で宇宙の多くに存在する生命体となっていたのだ。
前作「シンギュラリティ・スカイ」では、多くの人類世界の中でも超保守・封建的な世界が軍事的な暴走をはじめ、それを主人公・地球国際連合多星間軍縮常設委員会の特別査察官・大使館づき武官のレイチェル・マンスール大佐がなんとか解決しようとするアクションハードSFである。さらに、もうひとり、誰かの指揮の下に動いているとみられるマーティン・スプリングフィールド技師とレイチェルの不思議な恋愛ストーリーでもあった。
本作「アイアン・サンライズ」は、レイチェルとマーティンの時間軸で前作「シンギュラリティ・スカイ」の直後に幕を開ける。レイチェルが前作で使った多額の費用が違法ではないかという監査が入ってしまったのだ。
ということで、続編のような趣だが、独立した作品でもある。
何人かの主要登場人物の中で、主人公と言えるのは、ウェンズディこと、16歳のちょっと切れ気味な女の子。黒ずくめ、無造作な黒髪、青白い顔、親も学校も退屈も嫌いな独立独歩が信条。いじめられても、嫌われても、親に文句を言われても、自分がやりたいことをやる。ま、協調性っていうのはゼロだけど。
4年前に惑星モスコウの太陽が突然暴発し、モスコウは一瞬にして崩壊。4光年先のコロニーにもその衝撃波面が近づきつつあった。ウェンズディが育ったコロニーは全員が避難を開始。ところが、ウェンズディはとんでもないトラブルに巻き込まれてしまう。
そのトラブルは、人類世界の新たな脅威のはじまりでもあった。
太陽の中心部に鉄のコアが人工的に作り出され、それにより太陽が暴発する。その科学的な表現と、それによって起こる星系の崩壊、人類の受難。
その筆力と想像力には舌を巻いてしまう。
そこだけでもおもしろいのだが、ウェンズディやレイチェル、あるいは、フリーの戦争ブロガーやウェンズディにとっての「敵」であるリマスタードの変な社会など、その世界設定やキャラクターもおもしろい。さらに、ネズミ型の旅行チケットが案内役兼セールスマンとなって喋りまくるなど、小物にも凝っている。前作「シンギュラリティ・スカイ」では、ハードな宇宙アクションと唐突な専門用語で読む方も大変だったが、今作「アイアン・サンライズ」は、ウェンズディという少女が主人公ということもあってとても読みやすくなっている。
とにかく、本書はおもしろい。おすすめ。
それにしても、エシャトンという超知性体のいる存在は、読みようによっては顕在化した神の世界である。この神は、自分の都合を忘れない。エシャトンの禁忌を犯すものには、その世界を崩壊させるという罰さえも与えかねない。エシャトンが選び、エシャトンのために働いたものには、現世的な利得を与える。小さな奇跡である。エシャトンをたたえる必要はないが、エシャトンとともに宇宙に存在することは、エシャトンがいないよりもまあよい世界であることもある。難しい問題だが、エシャトンは人類を嫌ってはいない。むしろ、人類を助けている。それも、実はエシャトンの都合でもあるのだが。
神が顕在化したハードSF。
人工知性体の超越的存在化というのは、SFに神が宿る作品群を生み出すことになるのだろうか。
そういえば、ヴァーナー・ヴィンジの「遠き神々の炎」「最果ての銀河船団」には超越的存在が出てくるし、「マイクロチップの魔術師」も特異点ものだなあ。「マイクロチップの魔術師」って1981年かあ。
アーサー・C・クラークは、「高度に発達した科学は魔法と見わけがつかない」って言ってたけれど、特異点を迎えた存在は、神と区別できないのかなあ。
あ、本書はエンターテイメント作品です。難しいこと考えずに、SFの醍醐味を味わえる楽しい作品。長くても、長さを感じさせません。
(2007.03.31)