物体E

物体E
STEAL THE STARS
ナット・キャシディ&マック・ロジャーズ
2017
 アメリカの小説世界は独特だ。オーディオブックが普及している。車社会のアメリカで長距離ドライブのお供に聞く連続ドラマ。ポッドキャストドラマを平行してノベライズしたのがこの作品である。ドラマなので配役があり、本作のひとりナット・キャシディは出演もしている。マック・ロジャーズがポッドキャスト版の脚本作家で、全体の骨子やストーリーはロジャーズがつくっている。それをノベライズするのがキャシディの仕事である。メディアミックス作品である。
 そのことを踏まえての話だが、SFとしては単純明快。恋愛小説、サスペンス小説でもある。落ちてきた宇宙船に生きているのか死んでいるのか分からない宇宙人ひとり。元米軍基地の敷地が広大な民間研究所になり、別の一般的な科学研究をしていることになっているが、地域住民は雇われず、働いている人たちはそっけない。周りは不審に思っているが、かつて基地だったこともあって、そういう関係には慣れている。
 新自由主義が進んだ世界、現実にもイラン戦争のころからアメリカは準軍事会社に戦争をビジネスとして委託していった。それが行き着いたのが本作の世界。多くの基地も民間に払い下げられ、多くのミッションが民間に払い下げられ、そして行き場を失った軍人は、民間で働くことになる。本作ではシエラ・コーポレーションが、この基地クイル・マリン研究所も、宇宙人も、宇宙船も所有している。そしてそこで働く「民間人」たちも。主人公のダクは研究所の警備主任。元米軍のレンジャーである。副官はパティ。ふたりの女性がこの難しい仕事をこなしていた。守秘、機密保全、安全確保。徹底した管理体制は、警備、研究職員を含め全員に「交際禁止」条項をサインさせれらている。広いとはいえ限られた人間関係には友情や愛情が訪れることもある。しかし、それは禁止されていた。
 ある日、新人のマット・セーレムが警備班に配属される。もちろん、彼もまた優秀な元軍人であった。若く、ハンサムで、ひとあたりがよく、匂いもいい。タグはマットに惹かれ、マットはタグに惹かれた。禁止された遊びは、遊びでは済まなくなる。ふたりはそれを知っていたし、副官のパティもそれを知っていた。最初から幸せになることが許されない恋愛。もし発覚すれば仕事を失うだけではない、シエラが所有する施設に入れられ、その後は、使い捨ての仕事で一生を終わることになる。さて、どうする。
 80年代から、新自由主義的な世界はSFでよく描かれている。政府に代わって企業が人々を支配する世界。企業に所属することで仕事、暮らし、インフラが保障される世界。企業国家などなど。それは2000年代に入ると、現実の世界でも笑いごとではなくなってきた。だから、ポッドキャストで、耳で聞くだけでも、SFと意識しなくても、ふつうに理解できる世界になった。それが、いまだ。
(2020.11.8)