アストロ・パイロット


ASTOROPILOTS
ローラ・J・ミクスン
1987

 1989年にハヤカワSF文庫から野田昌宏(宇宙軍大元帥)の翻訳にて出版されたヤングアダルロ系のスペース・オペラである。著者のローラ・J・ミクスンについては本書ではほとんど情報がなく、調べてみると、本書「アストロ・パイロット」が第一長編で30歳の頃の作品である。その後も、SF、ファンダムなどでも活躍しているし、本職は別にあるようである。またSF作家のスティーヴン・グールドと結婚し、共作もあるとのこと。
 どういういきさつで本書が翻訳されるに至ったかは不明だが、野田昌宏は1960年代から80年代にかけての「スペオペ」翻訳の大家であり、多くの作品に名を連ねている。独特の訳語で野田節と呼んでもよいくらいの癖もある。本作の場合、スペオペ密度とヤングアダルト密度のどちらが濃いかと言われれば「ヤングアダルト」が濃いので、今読むとちょっと訳語とストーリーが合わないかなと思わないでもない。でも、おそらく野田昌宏しか本作を訳そうという人はいないだろう。若い作家のデビュー作で、さほど評価も付いていない作品だからだ。だから、これは難しい問題だ。野田昌宏には、「キャプテン・フューチャー」「ジェイムスン教授」「銀河辺境」など中高時代に大変お世話になったのだ。

 さて、時は2110年。人類は太陽系の火星、木星、土星、小惑星帯に居住空間を広げ、さらには系外のエリダニⅡ星系などでの植民にまで行なうようになっていた。
 しかし、地球の政府、企業による太陽系の植民地への支配、圧力は激しく、火星植民地との長い戦争も記憶に新しいところであった。現在、火星を中心にした連邦と地球との間には戦争になりかねない緊張が高まっていた。そんな時代。
 舞台は小惑星帯にある唯一の宇宙技術学校・宇宙技術学寮。そこは、地球、連邦、系外のどこからでも学生を受け入れるが、入れるのは極めて高い知能と運動能力を持つ限られた少年少女である。
 アンドレア伊藤は最高学年で最優秀のパイロット候補生として、学寮への入学希望者を選別するテストを任されていた。今回の選別テストには、エリダニⅡ星系から来た16歳のジェイスンという少年が含まれている。大抵は11歳から15歳なのにアンドレアよりも年上なのだ。しかも、ジェイスンはテストを難なくこなした。ジェイスンの能力や態度にとまどうアンドレア。
 もちろん、ジェイスンには秘密がある。大きな秘密は、彼は現学寮長のトラメルデンと深い因縁があったのである。もうひとつの秘密は、彼が連れているエリダニⅡ星系の生物ススレイである。ジェイスンはススレイを絶滅危惧の生物であり、ペットとして連れているというが、ススレイは高度な知性と特殊な能力を持っていたのだった。
 ジェイスンの秘密が気になるアンドレア。いや、むしろジェイスンが気になるアンドレア。
 トラメルデンの野望を止め、復讐を果たすためトラメルデン学寮長の動向が気になるジェイスン。いやむしろアンドレアの方が気になるのか?ジェイスン。
 そんなことを言っていられないぐらい、地球と連邦の開戦の危機は迫る。
 学寮にも不穏な気配が漂う。アンドレアは両親から学寮からの脱出と系外惑星へ両親とともに移住することを進められるが、そうなると彼女の望みである高級パイロットの道は絶たれてしまう。どうするアンドレア、どうなるジェイスン。
 学内でのトラブル、開戦危機の中で広げられる学長の壮大な陰謀、太陽系外から来た青年の秘密、努力型天才少女の悩みと活躍。
 ね、ヤングアダルトでスペオペでしょ。王道です。

 ちょっと2022年公開の「機動戦士ガンダム 水星の魔女」(この時点で前半のみ放映)を思い出してしまった。こちらの学校は思いっきり企業の思惑のドロドロの中にあるのだけれど、紛争の危機とか、その中の学生生活とか、方向は違うけれどヤングアダルトでスペース・オペラだね。悪くない。