THE BURIED LIFE
キャリー・パテル
2014
ミステリーSF三部作の第一作目。おもしろいじゃないか。
なにか理由は知らないが、遠い昔に地上で人類は絶滅寸前の最終戦争を起こしたらしい。人々は地下に逃れ、地下に都市を築いて新たな繁栄を模索していた。すでに地上に生きることはできていたのだが、多くの人たちは地下を安住の地と定め、都市国家として他の地域や地上の村などとつながっていた。
舞台となるのはそんな地下都市リコレッタ市。階級社会であり、市の運営は特権階級の「評議会」によって行なわれていた。評議員をはじめ「持てる」者たちはヴィニヤードと呼ばれる高級住宅エリアで貴族のようにたくさんの召使いを抱え、優雅に特権者ならではの権謀数術の暮らしを楽しんでいた。
この世界において過去の歴史、文化、技術を調べ、学ぶことは禁忌となっていた。また同じような文明的発展をして最終戦争を起こすことを何より恐れた。それが理由であった。しかし、その禁忌たる情報や異物は評議会の下で「保存理事会」が独占していたとも言える。
事件が起こる。保存委員会の歴史学者がヴィニヤードの自宅で何者かに殺害されたのだ。ヴィニヤードで犯罪が起きることはまれであり、殺人などかねてなかったことである。
市警察のリーズル・マローン捜査官は新人捜査官のレイフ・サンダーとともにこの捜査にあたることとなった。しかしそれはすぐに横やりが入る。評議会が独自の捜査を禁じたのである。
そうこうしているうちに次の殺人事件が発生する。今度は有力な評議員である…。
さて、もうひとりの主人公はジェーン・リン。洗濯女である。ヴィニヤードに多くの顧客を抱えるフリーの洗濯女。洗濯とつくろいの確かな技術、注意深い観察眼と必要な秘密保持で信頼を得て口コミで顧客を増やしていったのである。そしてジェーンはふたつめの殺人事件に巻き込まれてしまう。潜在的目撃者としてのジェーンと禁じられても捜査を続けるリーズルのふたりは微妙な接点を持ちながら事件に深く関わっていく。
果たして殺人事件の背景にあるのはなにか。
それは地下都市全体の未来に関わるできごととつながりがありそうである。
ふたりの主人公の周りには分かりやすい人、複雑な顔を持つ人、裏の顔が得体の知れない人、個性豊かな登場人物がいて、ミステリーに深みを与えてくれる。
ミステリー作品だから、本作1作で殺人事件の犯人と謎解きは完結されるが、その背景にある大きなできごとは次の作品以降を待たなければならない。
はたしてかつて人類に何が起きたのか。この社会の、現在の地球の全体像は。
現在の地下都市と地上の暮らしは、基本的に産業革命以前のようであるが、どうしてそこまで後退したのか?
世界の謎は深まるばかり。
だって第一部だもん。
ミステリーとしては1冊で完結しているけれど、SFとしてはここからはじまる。
んだけどね。
どうやら第二部、第三部が翻訳される気配がない。
「本書だけでは、わたしたちはまだこの世界のとば口に立ったにすぎない。このあとに広がるさらなる驚きの世界を日本の読者諸氏にも旅していただきたいというのが訳者の切なる願いだが、それができるかどうかは本書の売れ行きしだい…」と翻訳者の畑美遥子氏がしたためている。一読者として、本当にそれを望んでいるのだが。