フィルムマラソンの記憶

 広島市タカノ橋商店街にあった、夢売劇場サロンシネマ。1980年代当時、同所にはサロンシネマとタカノ橋日劇のふたつの映画館があり、私が広島を離れた後、1994年にタカノ橋日劇がサロンシネマ2と名称を変えたらしい。2014年には市の繁華街中心部の八丁堀に移転したという。
 だからここからはタカノ橋サロンシネマ1のことを「サロンシネマ」として話を進めることにする。

 映画館がひとつだけしかなかった町から出て、広島に来たとき、まっさきに頭に浮かんだのは「映画見放題」という言葉だった。とにかくたくさん映画を見よう、そう心に決めた。すでに「レンタルビデオ(VHS)」という商売ははじまっていたが、当然のことながら大学1年の頃はテレビもなく、2年以降もテレビはあったもののビデオデッキを持っていたのはごく少数の友人たちだけであった。そんな時代のことだ。
 大学と下宿の間にあって最も近い映画館、それがサロンシネマとその下のフロアのタカノ橋日劇である。先に話をしておくと、タカノ橋日劇は、かなりの頻度で日活ロマンポルノを上映する映画館である。樹木希林が若い頃に出ていた作品とかを流したり、マニアックな「日劇」であった。
 さて、サロンシネマという映画館は独立系で大手のロードショーはほとんどかからず、広島を素通りした作品や過去の名作を、監督や女優、あるいはその時々のテーマ設定に合わせてフィルムを仕入れて上映する「名画座系」映画館である。時には「迷画」も恐れずに上映するとてもよい映画館で、ここで過去の名作・迷作をたくさん見ることができたのはどんな学業よりもいい学びになった。
 よせばいいのにアンドレイ・タルコフスキー特集なんかもやっていて、「ストーカー」と「ノスタルジア」の豪華二本立ては最高によく眠れた。入れ替えがないのでこの2本を2回転、ほぼずーっと一日中サロンシネマにいたってこともあった。
 サロンシネマは、すべての座席がいまのシネコンのプレミアムシートよりもずっと広い革張りでカウンターテーブル付きという超豪華な映画館だったのだ。ビルは古いし、映画館としても正直少しくたびれてはいたが、支配人の映画への愛情に満ちていたのだ。

 そんなサロンシネマの一番のお楽しみが、定期的に開かれる FILM MARATHON(フィルムマラソン/フィルマラ) である。土曜日の夜遅く、21時半の開演を前にわらわらと少しゆるめの過ごしやすい格好をした若者やおじさんが灯りのほとんど消えたタカノ橋商店街に集まってくる。100席のサロンシネマには、時には当日券を求めてやってきて満席と聞き、がっくりとした人に、立ち見でよければいいよ、とささやく声も聞こえたりする(時効だからね)。立ち見と言っても通路に座布団を敷いてくれるので安心だったり。
 そして夜を徹して4本ぐらいの映画を見続けるのである。明け方にはもうろうとなり、現実と非現実の境目が分からなくなったりして…。

 学生時代の4年間を中心にかなりの回数を行ったのだが、何回行ったのかは覚えていない。ただ、先日、実家の片付けをしていたら、当時のパンフレットがいくつか出てきた。
 そう。フィルムマラソンにはパンフレットがついてきたのだ。手書きの、色上質紙に謄写版刷りの同人誌的パンフレットである。最高!
 手元にあるのは1983年の #32から、#33、#36、#37、#42、#43、#51、#54、そして1987年の#64まで9回分である。次回予告なども含まれているのでこの頃、どんなフィルムマラソンがあったのか、それからその当時どんな映画をサロンシネマが上映していたのか紹介しておきたい。個人的な備忘録でもあるのだが。

#32 1983年「SF&ホラー怪作特集」
最後の猿の惑星(1973年、J・リー・トンプスン監督)
ホラーワールド(1979年、リチャード・シッケル監督)
ロッキー・ホラー・ショー(1975年、ジム・シャーマン監督)
大好評予告編大会
?ムービー
ヘビーメタル(1981年、ジェラルド・ポタートン監督)
終了6:30

 はじめてロッキー・ホラー・ショーの洗礼を受けた記念すべき日。早くから来た常連はクラッカーをもらっていて、くだんのシーンでパパパパパン!と。映画は劇場でみんなで見るものだ。?ムービーは、…たぶん フレッシュ・ゴードン(1974年、マイケル・ベンベニステ監督)。「フラッシュ・ゴードン」のパロディポルノ映画。どの作品も最高にくだらない。

#33 1984年1月21日、28日(土)「ヒロイン特集(PART3)」
テス(1979年、ロマン・ポランスキー監督)
グッバイ・ガール(1977年、ハーバート・ロス監督)
インターミッション&好評予告編大会
夢追い(1979年、クロード・ルルーシュ監督)
ローマの休日(1953年、ウイリアム・ワイラー監督)
終了7:30

 ナスターシャ・キンスキー最高!長い長い映画です。オードリィ・ヘップパーン最高!朝5:30からオードリィの洗礼を受けると、最後には涙腺が崩壊します。

#34 1984年3月10日、17日(土)「アカデミー作品賞特集」
アラビアのロレンス(1964年、デビット・リーン監督)
炎のランナー(1981年、ヒュー・ハドソン監督)
わが命つきるとも(1967年、フレッド・ジンネマン監督)
クレイマー・クレイマー(1979年、ロバート・ベントン監督)

 この回は行っていないと思う。ちなみに全席指定券1400円だと。

#36 1984年「ヨーロッパ傑作特集PART2」
1900年(1982年、ベルナルド・ベルトリッチ監督)
インターミッション
Z(1970年、コスタ・ゴブラス監督)
大好評!予告編大会
女の都(1981年、フェデリコ・フェリーニ)
終了7:40

 ロバート・デニーロ、イブ・モンタン、マルチェロ・マストロヤンニの3連発。濃い男たちの濃い映画3本。とくに最初の「1900年」は2部構成5時間の大河ドラマ。
 ちなみに解説を読むと、「PART1」は1983年6月に「天井桟敷の人々」「恋」「ルシアンの青春」「フェリーニのアマルコルド」でやったらしい。

#37 1984年6月2日、9日(土)「ルキノ・ヴスコンティ監督特集」
郵便配達は二度ベルを鳴らす(1941年)
山猫(1963年)
インターミッション
ルードウィヒ―神々の黄昏―(1972年)
毎度おなじみ予告編大会よ!
イノセント(1976年)
終了8:40

 見たんだよなあ、たぶん。記憶にない回だがパンフレットはある。ただ同時期に日中のフェアで「ベニスに死す」「地獄に墜ちた勇者ども」もやっていて、こちらは見た記憶があるので見たのだろう。美しいけど映像がくどいのよ。

#38 1984年7月14日、21日(土)「SF傑作特集」
ダーク・クリスタル(1982年、ジム・ヘンソン監督)
博士の異常な愛情(1963年、スタンリー・キューブリック監督)
ニューヨーク1997(1981年、ジョン・カーペンター監督)
バンデットQ(1981年、テリー・ギリアム監督)
ブレード・ランナー(1982年、リドリー・スコット監督)

 パンフレットはないが、この回は見ている。記憶がはっきりある。やはりSF作品が好きなのだ。ダーク・クリスタルの人形の微妙さ加減にはじまり、暗い気持ちになる2作を経て、楽しい気持ちい切り替え、最後はじっくりとハリソン・フォードとルトガー・ハウアー、ショーン・ヤングの演技に入り込んだのであった。ブレード・ランナーは公開時に映画館では見ていないので、たぶんこの時が初回。その後何回も何回も見たけれど。

#39 1984年8月18日、25日(土)
ジャスト・ア・ジゴロ
地球に落ちてきた男
ロッキー・ホラー・ショー
冒険者たち(予定)
ミッド・ナイト・エクスプレス(予定)

 こちらは#37のパンフレットに書かれていた予定。見ていないが、日中にデビット・ボウイの2作(ジャスト・ア・ジゴロ、地球に落ちてきた男)は見ている。格好良いよ、ボウイ。

#42 1984年たぶん10月「ベトナム後遺症映画特集」
地獄の黙示録(1980年、フランシス・コッポラ監督)
ランボー(1982年、テッド・コッチェロ監督)
インターミッション・クイズ
ブルーサンダー(1983年、ジョン・バダム監督)
予告編大会
タクシー・ドライバー(1976年、マーチン・スコシージ監督)
終了6:30

 とても印象深い回。正直なところ「ブルーサンダー」の印象が残っていないのだけれど、それだけ他の3作の衝撃が大きかったのだ。監督もすごいが、マーロン・ブランド、シルベスター・スタローン、ロバート・デニーロである。3人が3人ともちょっと狂気のある主人公を演じる。明け方のデニーロは怖いよ。

#43 1984年11月10日、17日(土)「西ドイツ映画傑作特集」
フィツカラルド(1983年、ウェルナー・ヘルツォーク)
ブリキの太鼓(1981年、フォルカー・シュレンドルフ)
インターミッション
マリア・ブラウンの結婚(1980年、ライナー・ファスビンタ監督)
予告編大会だよ!
Uボート(1982年、ウルフガング・ベーターゼン監督)
終了7:50

 まだドイツが統一される前のこと。ドイツは西ドイツと東ドイツに分断されていて、東西冷戦米ソ冷戦の最前線になっていた。ナチスドイツから民主化された西ドイツには深い戦争の傷跡があり、それが新しい文化を生んでいく。2~4作目はすべて戦争映画である。そして冒頭の「フィツカラルド」の衝撃! 映画の内容も衝撃的だが、なんといってもドイツの名優、主演のクラウス・キンスキーの狂気。よくよく見れば、ナスターシャ・キンスキーにはクラウスのおもかげがある。父ちゃんだ。という衝撃。

#44 1984年12月15日、22日(土)「日本映画青春傑作特集」
さらば愛しき大地(柳町光男監督)
パンツの穴(鈴木則文監督)
家族ゲーム(森田芳光監督)
すかんぴんウォーク(大森一樹監督)
竜二(川嶋透監督)

 #43のパンフレットから。洋画館だけどこういうのも遠慮なくやるのがサロンシネマの良いところ。「家族ゲーム」と「竜二」は日中に見た記憶がある。森田監督の松田優作はすごかった。

#45 1985年1月19日、26日(土)「ヒロイン特集PART5」
テス(1980年、ロマン・ポランスキー監督)
アリスの恋(1975年、マーチン・スコシージ監督)
グッバイ・ガール(1978年、ハーバート・ロス監督)
愛と哀しみのボレロ(1981年、クロード・ルルーシュ監督)

 こちらも#43のパンフレットから。「愛と哀しみのボレロ」はとても長い映画だけど、いまでも本気で見る価値のある映画。音の良い環境で見たい。

#51 1985年7月13日、20日(土)「たまらなく好きなのヨ 映画特集」
ナチュラル(1984年、バリー・レヴィンソン監督)
ロマンシング・ストーン秘宝の谷(1984年、ロバート・ゼメキス監督)
インターミッション クイズも好きになってネ!
ハノーバー・ストリート哀愁の街かど(1979年、ピーター・ハイアムズ監督)
予告編大会
追憶(1974年、シドニー・ポラック監督)
終了6:20

 ロバート・レッドフォード作品にはさまれたマイケル・ダグラスと、ハリソン・フォード。この回、結果的には全部バーブラ・ストライサンドが持っていったと思う。

#52 1985年8月16日(金)、17日(土)「東宝アイドル映画特集」
すかんぴんウォーク(大森一樹監督)
みゆき(井筒和幸監督)
夏服のイヴ(西村潔監督)
エル・オー・ヴィ愛NG(升田利雄監督)

 #51パンフレットから。夏休みだねえ。

#53 1985年9月14日、21日(土)「ヒロイン特集PART6(女優賞編)
トッツィ
プレイス・イン・ザ・ハート
(以下から2、3本)
ジュリア/結婚しない女/9時から5時まで/ひまわり
    /愛と喝采の日々/ローズ・グロリアほか

 #51パンフレットから。

#54 1985年12月14日、21日(土)「ホラー!見てごらんPART4SFXファンタジー編」
ヴィデオ・ドローム(1982年、デヴィッド・クローネンバーグ監督)
イレイザー・ヘッド(1977年、デヴィッド・リンチ監督)
インターミッション クイズ
スキャナーズ(1981年、デヴィッド・クローネンバーグ監督)
ファンタスティック・プラネット(1973年、ルネ・ラルー監督)
予告編大会
未知との遭遇特別編(1980年、スティーヴン・スピルバーグ監督)
終了6:45

 私はホラーが苦手だ。SFは好きだが。リンチのイレイザー・ヘッドで出てくるビルのつくりつけスチームヒーター(デロンギの電気のような形状のやつ)のシューシューいう音が耳について、いやあ怖かった。ほかの印象を払拭するぐらい怖かった。ちなみに、私は後にフィレンツェでモデルとなった「赤ん坊」のオリジナルの彫刻をみることになる。

#55 1986年1月11日、18日(土)「ごちそうさま!のフルコース 映画特集」
時計仕掛けのオレンジ(スタンリー・キューブリック監督)
スプラッシュ(ロン・ハワード監督)
愛と哀しみのボレロ(クロード・ルルーシュ監督)
アウトサイダー(フランシス・コッポラ監督)

 #54のパンフレットからだけれど、この回見てる。

#56 1986年2月15日、22日(土、予定)「ヒロイン特集PART8 ナスターシャ・キンスキー特集」
テス(ロマン・ポランスキー監督)
殺したいほど愛されて(ハワード・ジーフ監督)
今のままでいて(アルベルト・ラットゥアーダ監督)
パリ、テキサス(ヴィム・ヴェンダース監督)

 #54のパンフレットから。見てないな。でも、「パリ、テキサス」はよかった。

#64 1987年1月31日、2月7日(土)「青春映画特集」
ファンダンゴ(1984年、ケヴィン・レイノルズ監督)
ストレンジャー・ザン・パラダイス(1984年、ジム・ジャームッシュ監督)
インターミッション クイズで息抜き
?ムービー
予告編大会
ホテル・ニューハンプシャー(1984年、トニー・リチャードソン監督)

 良かった!たぶん大学生最後の頃、見るべき映画を見たという感じ。この回はほぼロードムービー特集だったと思う。ファンダンゴはいまでも定期的に見たくなるし、ジム・ジャームッシュ監督を知ったのも嬉しい。スタイリッシュで良かった。でも?ムービーはなんだったっけ。

#65 「ウディ・アレン・フィルム・フェスティバルPART2」プラス1
サマーナイト
カイロの紫のバラ
ブレードウェイのダニー・ローズ
?ムービー
カメレオンマン

 #64のパンフレットから。

ここからは、この期間にサロンシネマで上映されていた映画のうち、手元にあるパンフレットに載っている作品のリスト。
フランス・シネマ・フェア
気狂いピエロ
彼女について私が知ってる二・三の事柄
ゲームの規則
抵抗
去年マリエンバードで
24時間の情事
ヴィスコンティ・フェア
山猫
熊座の淡き星影
ルードウィヒ
夏の嵐
ベニスに死す
地獄に墜ちた勇者ども
広島初公開
ガープの世界
時計じかけのオレンジ
新作予定
ディーバ
パッション
8 1/2
ノスタルジア
カルメンという名の女
サン・スーシーの女
大魔神広島リバイバル公開
大魔神
大魔神怒る
大魔神の逆襲
広大生協主催広島初公開
サンロレンツォの夜
暗殺のオペラ
ジェームズ・ディーン特集
エデンの東
理由なき反抗

マイ・フェア・レディ
パリの恋人
ローマの休日

 こうやってみると私の映画鑑賞人生の大きな要素を占めている。タルコフスキーに浸れたのもここのおかげ。いまだに「ノスタルジア」は見てしまう。
「ファンダンゴ」「ディーバ」「ストレンジャー・ザン・パラダイス」は私のオールタイムベストに入っている。戦争映画では「サンロレンツォの夜」「ブリキの太鼓」ここには出ていないが「ミツバチのささやき」。「ロッキー・ホラー・ショー」も衝撃だった。「1900年」や「テス」「愛と哀しみのボレロ」のような長編のおもしろさも映画館ならではである。
 もちろん他の映画館で80年代の多くの映画も見ている。「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」「ベルリン天使の詩」「ブラック・レイン」。長じてなかなか映画館には行かなくなったが、やはり映画は映画館で見たい。
 近年見たIMAXでの「AKIRA」や「2001年宇宙の旅」は実に良かった。
 余談ついでに下高井戸に住んでいた頃、下高井戸シネマにもたまに行っていた。こちらも名画座。よい作品を教えてくれる。いま住んでいる湘南だと、藤沢にシネコヤという小さな映画館がある。シネコヤが固定館になる前に2本ほどいい映画を見た。なかなかタイミングが合わずに行けないでいるが、作品ラインナップは注目している。ネット配信時代、こういう映画館は大切にしたい。