サイティーン

サイティーン
CYTEEN
C・J・チェリイ
1988
 地球から遙か離れた辺境の惑星とステーション群。クローン技術、遺伝子組み換え、人工子宮、テープ学習による人間製造技術により、人口が不足していたこれら辺境で、いとも簡単に軍人や技術者などを生み、増やすことが可能となった。意識と知識、経験をもたらすテープをはじめ、これらの科学技術に辺境の社会が大きく頼るため、この辺境は、科学者のリーダーが事実上の政治責任を担っていた。
 これら技術と政治の中心である女性天才科学者アリアン・エモリーは、自らの寿命をこれ以上延ばすことができないと悟り、改良された自分のクローンを誕生させ、成長段階で自分と同様の経験を与えつつ、オリジナル・エモリーの知識や経験、行動パターンを成長段階に応じてテープやオリジナル・エモリーの投影である人工知能によって強化し、その強大な権限を引き継がせる人間をつくる計画を立てる。しかし、不慮の事故あるいは事件により、計画の初期段階でオリジナル・エモリーは死んでしまう。
 周囲の科学技術者と政治家により、計画はそのまま実行され、オリジナル・エモリーと、クローン・エモリーの空白期間に生じた長い政治的混乱を乗り越えようとする。
 ふたりのアリアン・エモリーの間で翻弄される青年と、その父。周囲の人々。
 政治的空白につけいる策謀。政治家、軍、科学技術者。
 そして、人間をつくる社会のありよう。人間には、公民とエイジィがあり、エイジィと人間は育てられ方、経験、能力、意識も異なる。エイジィの一部は、年をとり経験を積むことで自意識が確立し、公民として独立することもあるが、ほとんどは公民に所有される。
 公民でなく、作られた意識しかなくても、彼らもまた、その社会を構成する人類である。
 チェリイお得意の政治的動機と策謀と数々に個人としての悩みや希望、欲望がからみあうストーリー展開を通して、我々が知らない社会のありようが淡々と描かれる。
 私は、現実の遺伝子組み換え作物や動物、クローン技術、あるいは、生殖医療技術について反対の立場をとっている。遺伝子の仕組み、生殖の仕組みさえ満足に理解していないのにかかわらず、応用を前提とした研究ばかりが行われ、生態系への影響や社会のありようを検討しないまま商業化しているからである。「サイティーン」の舞台となる社会は、いくつものほぼ孤立した人間社会を持つ。平たく言うと、地球がいくつもある。
 それに対して、我々は地球をひとつしかもたず、今のところ、ここでしか住む場所はない。ひとつの生命系しか持たず、ひとつの生態系に依存している。そして、大きな意味でひとつの社会で生きている。放射性物質、人工化学物質の大量放出に加え、さらなる生態的混乱を招く遺伝子組み換え生物の安易な放出、そして、小さな意味でのそれぞれの社会が持つ死生観を乗り越え、踏みつけていく生殖医療と延命医療技術に対して、不快と怒りを持っている。
 その上で、この「サイティーン」は実におもしろい小説である。
 大きな意味での異質な社会、異質な生態系、異質な人間を感じさせてくれる。
 そして、その中でも変わらない人間の業と欲。希望と絶望。
 科学技術と人間社会のあり方について考える人には、ひとつ読んでみて欲しい小説のひとつである。
2003.12.2