サーガンの奴隷船

サーガンの奴隷船
SLAVE SHIP FROM SERGAN
グレゴリイ・カーン
1973
「異次元の陥穽」につづく、グレゴリイ・カーンことE・C・タブによるキャプテン・ケネディ・シリーズ第二弾である。今回は、肝心要のケネディクルーが出てこない。キャプテン・ケネディの単独行であり、数人のエージェントと地球軍の司令ぐらいのものである。
 さて、今回は最初に敵の正体が明かされる。辺境の星系、父親からもっとも過酷な惑星を相続した末の弟がその星の王として、参謀に耳を傾ける。王はとさかのある恐竜のような男であり、参謀は狡猾な猫のような男であった。
 その惑星には、装飾品としても、メモリーバンクとしても最高級の宝石チョムバイトが眠っていた。あとは、掘削機械と技術者と労働者が必要なだけである。そして、亡き父と兄たちへの恨みと欲に固まった王と、密かに真の欲望を持つ参謀の悪巧みが始まった。
 小さな自主的な鉱山惑星が襲撃され、人々が消える。
 完全に管理されているはずのチョムバイトが裏市場で出回る。
 そのあやしくも銀河社会に多大な経済的混乱を招く不穏な自体に、キャップ・ケネディが単独調査に乗り込んだ。
 どーん。
 おいおい、2作目で、主要登場人物はお休みですか。
 ケネディは強い、そして、苦しむ、しかも自力で戦う。
 えらい!
 覚えているのだが、このころ、この手のスペースオペラにはまりながらも、このシリーズの続編を買うかどうか、このあたりで迷い始めたのであった。
(2007.04.21)

異次元の陥穽

異次元の陥穽
GALAXY OF THE LOST
グレゴリイ・カーン
1973
 グレゴリイ・カーンことイギリス人SF作家E・C・タブによる、キャプテン・ケネディ・シリーズ第一弾である。万能の地球人キャップ・ケネディと、繊細なエンジニアの指と高重力惑星で生まれ育った万力の体格を持つサラトフ、天才的科学分析力を持つルーデン、透明化の特殊能力を持つパイロットケミルの4人が地球勢力と宿敵デルタン勢力との緊張が高まる中に起こる事件を解決する。第一巻は顔見せを兼ねながら、この世界とキャプテン・ケネディとゆかいな仲間たちの紹介だ。
 地球勢力圏の辺境エリアで次々と輸送船が救難信号だけを残して消えていった。後には、宇宙船の破片もなんの痕跡も残していない。宇宙海賊の仕業とも疑われたが、その手並みの良さは尋常ではない。
 伝説の古代文明種属の科学力の残存によるものか? キャプテン・ケネディは次にねらわれそうな輸送船に身分を偽って搭乗し、その身の危険を冒して事件の解決に乗り出した。
 そこには驚くべき謎が。
 そして、ケネディの知恵と勇気とど根性、クルーの機転で危機を脱出、無事事件は解決するのであった。しかし、多くの謎を残したまま…。
 ということで、アメリカン・コミックばりの4人の特殊技能クルーによるスペース活劇である。あとがきによれば、かのペリー・ローダンシリーズがアメリカで英訳され人気を博したことに出版社がアメリカらしいSFヒーローの復活を求めた結果登場したらしい。そして、作者名は秘したままシリーズは重ねられたが、後に、E・C・タブであることが判明し、イギリス人SF作家であったことにさらなる驚きを招いたらしい。
 ということで、今や絶版のキャプテン・ケネディの紹介と相成った。
(2007.04.20)

大宇宙を継ぐ者

大宇宙を継ぐ者
PERRY RHODAN 1 / UNTERNEHMEN STARDUST / DIE DRITTE MACHT
K・H・シェール、クラーク・ダールトン
1961
 宇宙英雄ローダン・シリーズ第一弾は、ドイツで1961年にスタートし、日本では松谷健二の訳によって1971年に出版がスタートした。私がペリー・ローダンシリーズに出会ったのは中学生の終わり際で、友人が自宅に置いていたペリー・ローダンシリーズを親に捨てられそうになったためしばらく預かってほしいと持ってきたのがきっかけである。当時はまだ1巻からそろえることが可能な時期であった。最初のうちは背表紙が当時のハヤカワSF文庫と同じ白背であったが、ちょうど私が出会い始めた頃に、背に色がつけられるようになった。
 友人から借りたのがたしか20巻ぐらいで、私もその後15巻程度を買ったと記憶している。その後は、時々買ったり、立ち読みしていたが、読んでいたのは主に松谷氏の後書きであったのを記憶している。
 なにせ、日本の訳者はひとり、一方、ドイツでは多くの作者が連作し、次々と書かれている。決して追いつかない作品といわれたが、松谷健二氏にとっては、亡くなるまでのライフワークとなってしまった。今も、お弟子さんなどによる翻訳が続けられている。
 そして、今も、ペリー・ローダンシリーズは新たに発刊され続けており、ドイツでは本編が2300巻を超え、別シリーズ、外伝なども信じられない量が出ているらしい。
 日本では、2007年4月現在、334巻(つまり、668作目)までが翻訳されている。遠いなあ。
 さて、本書「大宇宙を継ぐ者」であるが、1971年、アメリカ宇宙軍のペリー・ローダン少佐ら4人が初の有人月ロケットに乗って月へ旅立つ。しかし、着陸直前になって月からの攻撃により不時着。当初は、敵国の月ロケットからの攻撃かと思われたが、それは、宇宙からのはるかに進んだ文明を持つ宇宙船による攻撃であった。アトラン人と名乗る彼らは、人類によく似た種属であるが、宇宙船が動けなくなり、月に滞在していたのである。その高度な科学技術を目の当たりにしたローダン少佐は、この技術が地球の一勢力に渡れば、西側、東側、アジア側による核戦争の危機にある地球上で、相互不信による終末戦争が起こると確信し、宇宙人の技術が一勢力に渡らないよう、そして、人類が宇宙に進出できるようにするため、地球のすべての勢力に対して、独立を宣言するのであった。
 かくして、ペリー・ローダンの地球、太陽系、そして銀河宇宙を超えての冒険と戦いの幕が開いた。
 そうか、最初の1巻2編は、本当に導入だけなんだ。ペリー・ローダンはまだ地球を平定していないし、不死にもなっていないし、月より遠くにもたどりついていないのか。
 ゆっくりしているのだなあ。
 と、本書「大宇宙を継ぐ者」と初期設定が似ている「反逆者の月」(デイヴィッド・ウェーバー、1991)のスピード感あふれる作品を読んだ後に思うのだった。まったりとしたいい時代だったなあ。
 今のペリー・ローダンシリーズって、どんなスピード感なのだろう。
 手元にはこの1巻しかないが、実家には15巻ぐらいまではあったはずだ。今度取り寄せて読んでみようっと。
(2007.04.09)

反逆者の月

反逆者の月
MUTINEER’S MOON
デイヴィッド・ウェーバー
1991
 いまだ未読ではあるのだが、「紅の勇者・オナー・ハリントン」シリーズの作者デイヴィッド・ウェーバーによる単独処女長編が本書「反逆者の月」である。オナー・ハリントンシリーズの方が有名でたくさん執筆されている。たしかに、ハヤカワの背表紙には見覚えがある。読んでいないのは、なんとなく、であるのと、シリーズものに手を出すのにちょっと躊躇したからでもある。女性作家によるミリタリーSFであるマイルズ・ヴォルコシガンシリーズには違和感がないのだが、男性作家によるミリタリーSF、しかもシリーズものということで、食わず嫌いでいた。
 その作者の作品が新訳されたのだが、3作ということと、「月が実は巨大な宇宙船だった」という設定に惹かれてついつい買ってしまった。というか、実は同時期にハヤカワから出たジョン・スコルジーの「老人と宇宙」を買おうと思っていて、間違えちゃったんだが。
 とにかく、食わず嫌いを直すには、突然食べてみるのがよい。
 時代は2040年頃、舞台は月、そして地球。主人公はNASAのエース・パイロットであるコリン・マッキンタイア少佐。月での単独調査飛行を行っているときに、未確認飛行物体との接近遭遇を体験。そして、彼は月が実は巨大な宇宙船であることを知らされ、大いなる使命を与えられた。
 この銀河には、強大な帝国があり、地球の月はその帝国軍の主力戦闘調査宇宙戦艦が偽装したものであったのだ。5万年前に起きた乗員の反乱によって、宇宙戦艦は地球軌道上から動くことができなくなっていた。しかし、宇宙戦艦は死んだわけではなく、その能力を保っていたのだ。帝国の真の敵は、銀河系の生命を定期的に殺戮するために訪れるアチュルタニと呼ばれる伝説の存在である。アチュルタニがどんな存在で、どのような兵器をもって銀河の生命体を滅ぼすのかは帝国にも分かっていない。しかし、帝国や銀河の生命体は幾度も壊滅の危機を迎えていた。
 そして、今、再びアチュルタニがこの銀河系に侵入したらしい。
 地球も数年後にはアチュルタニの侵略を受けるであろう。
 しかし、いまだ地球はいくつかの勢力に分かれて争いを続け、テロは終わることを知らない。
 この銀河的危機の前に、コリン・マッキンタイアの活躍がはじまる!
 おっとお、これはペリー・ローダン少佐じゃないのか?
 ドイツの連作スペースオペラ「ペリー・ローダン」シリーズは、アメリカ宇宙軍のペリー・ローダン少佐ら4人が月への初有人ロケットに搭乗し、月にたどり着く寸前に未知の攻撃を受けて不時着。地球の敵国からの攻撃と思われたが、実は人類より遙かに進んだ宇宙種属の不時着した宇宙船からの攻撃であった。ペリー・ローダンは、彼らと接触し、その高い技術力が、核戦争の危機にある地球に大きな影響をもたらすことに気づく。そして、地球の統一と宇宙時代の幕開けによる人類の発展に向けて単独の戦いをはじめるのである。
 似てる。構図が似てる。
 しかし、「反逆者の月」とペリーローダンが似ているのはここまでだろう。
 なんといっても、月が宇宙戦艦なのである。
 しかも、人類の成り立ちにも大きな秘密が!
 人類の歴史にも!
 やあやあ、なんとなく、SFというよりもUFOもののエセ科学ストーリーや、「人類は宇宙人がつくった」とか、「人類の歴史の陰には宇宙人の策謀が」みたいなストーリーを思わせる展開だが、それをSFとして読ませ、ミリタリーSFファンを喜ばせる筆力が、デイヴィッド・ウェーバーにはある。
 やりたい放題であるが、月が宇宙戦艦だって言われたら、あとのことはなんとなく納得させられるからしょうがない。大きなホラの前には、小さな違和感が違和感にならないのだ。だから本書「反逆者の月」はおもしろい。
 さて、ところで、あと2作あるらしいが、どうなるだろう。
 楽しみだなあ。
 っと、ペリー・ローダンも読まなきゃ。
(2007.04.09)

老人と宇宙

老人と宇宙
OLD MAN’S WAR
ジョン・スコルジー
2005
 21世紀の戦争SFがやってきた。
「宇宙の戦士」(ロバート・A・ハインライン 1959)、「宇宙兵ブルース」(ハリイ・ハリスン 1965)、「終わりなき戦い」(ジョー・ホールドマン 1974)、「エンダーのゲーム」(オースン・スコット・カード 1977,1985)
 いずれも、代表的な戦争SFであり、新兵の成長を通じて宇宙の戦争の姿を描き出す名作ばかりである。そもそもは、ハインラインの「宇宙の戦士」によってこのカテゴリーが築かれ、それを、ハリイ・ハリスンがみごとにパロディ化して「宇宙兵ブルース」をしたためた。その後、第二次世界大戦よりもベトナム戦争に影響を受けたであろう「終わりなき戦い」や「エンダーのゲーム」を生み出すこととなる。
 そして、21世紀。911以前に主なプロットは書き上げられていたという、ブログ発のSF「老人と宇宙」が登場する。著者も表明しているように「宇宙の戦士」の21世紀版である。というよりも、老人版というべきか。
 宇宙に進出した人類は、宇宙がすでに多くの異星種族によって支配され、激しい紛争が続いていることを知る。人類もコロニー連合をつくり、植民を開始した。しかし、それは、人類もコロニー獲得と人類と他の異星種族との椅子とりゲームに参加したことでもある。
 コロニー連合は、人口過剰な貧困国から植民者を受け付けた。条件は一方通行。つまり、二度と地球に帰ることはできない。それでも、貧困国にとってみれば口減らしができるのだから否応もない。
 そして、もうひとつコロニー連合が、地球に求めたことがある。
 それが、コロニー防衛軍への志願兵である。
 地球はコロニー連合によって封鎖状態に置かれており、地球人はコロニー連合が異星種族との競合の中で得た高度な宇宙技術によって宇宙から閉め出されていた。
 今、宇宙やコロニー連合がどうなっているか、地球人たちには知るよしもない。
 地球は停滞していたのだ。
 そんななかで、すべての人に宇宙への機会が与えられていた。
 それこそが、コロニー防衛軍への志願である。
 コロニー防衛軍の志願死角はただひとつ。75歳以上であること。健康状態不問、本人の意志で志願すれば、75歳の誕生日に入隊することができる。登録の受け付けは65歳からだが、75歳になり自ら申し込めばそれだけで入隊完了。もちろん、本人が入隊手続きまでに辞退すれば、それはそれで認められる。特に罰則もない。ただし、入隊手続きは生涯1度だけしか認められない。1度辞退すれば、2度目はない。
 コロニー防衛軍に入隊すれば、地球人としては当該政府の市民権がなくなり、死亡したとしてすべての保険なども含む財産は、死者と同様に相続等の処分がなされる。コロニーの植民者同様、地球に帰ることはできない片道切符となる。兵役は2年だが、最長10年とされている。人生経験を積んだ大人ならば誰でも分かる。10年の兵役が予定されているということを。
 しかし、それでも、75歳以上の志願兵は後を絶たない。なぜならば、「戦闘即応性の向上のために防衛軍が必要とみなす、あらゆる内科的、外科的、治療的療法および処置を受け入れる」という項目があるから。75歳以上の人間にとって残る人生は数えるほどしかない。この時代になっても90歳を超えて生きるのは容易ではない。地球では得られない技術によって宇宙の苛酷な条件でも軍人として戦えるほどの治療が施されるのである。もちろん、誰も実例を見た者はいない。なぜならば、地球はコロニー連合から隔離されているから。地球上にはコロニー連合の市民やコロニー防衛軍の軍人はひとりもおらず、エージェントがいるだけである。彼らは、国連や各国政府から認められてリクルート活動を行う。少しあやしいが、宇宙にいるコロニー連合や異星種族の持つ高い技術力は地球人は誰でも知っている。だから、75歳以上の人たちは思うのだ。賭けてみよう、と。どうせ、そのままでも数年から十数年で死ぬのだから、と。
 ジョン・ペリーの最愛の妻は8年前に死んだ。そして、75歳の誕生日を迎えた。生前、妻とともにコロニー防衛軍の説明を聞き、事前登録を済ませていた。だから、ペリーは、コロニー防衛軍に入隊した。ほかに思い残すことはなかったから。
 そして、ジョン・ペリーは、二等兵として宇宙に跋扈する地球人よりもはるかに優れた技術やまったく異なる宗教、文化、社会、生理、生態を持つ異星種族たちと闘うことになる。なぜ闘うのか、それは命令を受けたからである。二等兵は、なぜ、を考えてはいけない。それを考えるのはもっと上のものだから。闘うこと、従うこと、そして、生き残ること。少しでも気を抜いたりすれば、せっかく長らえた命を無駄に散らすことになるのだから。
 本書「老人と宇宙」は、75歳という設定を除けば、「宇宙の戦士」そのものである。しかし、75歳なのである。私にはまだ30年以上もある存在である。もしかしたら耄碌したり、身体が動かなかったりするかも知れないが、間違いなく75年分の経験を積んだ存在である。
 頭の回転や記憶や体力はともかくとして、75年分の経験を存分に活かすことができれば、それはすごいことになるだろう。老齢にして健啖な政治家を見ればいい。その知略は、経験がものを言う。40代、50代ではできないことができるようになるのだ。
 ということで、おもしろい。
 いやあ久しぶりに一気読みしてしまった。
 入隊条件75歳以上で、老人を主人公にするだけでこれほどおもしろくなるとは。ハリイ・ハリスン真っ青である。しかもパロディ作品ではなく、正統なミリタリーSFであり、「宇宙の戦士」の直系後継者である。
 恐れ入りました。
 そうそう、老齢での変化といえば、ニーヴンの「プロテクター」なんていうのもあるが、そっち方面ではないのでご安心を。
(2007.04.02)