ノービットの冒険 ゆきて帰りし物語
There and Back Again
パット・マーフィー
1999
正直に告白すると、本書を読むまで、トルーキンの「ホビットの冒険」も「指輪物語」も読んでいなかった。SFは読んでいても、ファンタジー分野はほとんど手を出してこなかったからである。昔の創元推理文庫SFの中に、剣と魔法ものがSFとして紛れていたりしたので、そういうのを読んだことはあるが、「ハリー・ポッター」が登場するまで、ファンタジーは鬼門であった。ゲームでも、RPGには手を出さずにいた。本書を読んだ後、ちょうど、映画「ロード・オブ・ザ・リング」が話題になり、まずは、岩波少年文庫の「ホビットの冒険」を読み、そして、「指輪物語」を読了した。映画の「ロード・オブ・ザ・リング」も、そろそろと見始めたところである。 本書との関係では、「ノービットの冒険」→「ホビットの冒険」→「指輪物語」→「ノービットの冒険」となる。
最初は本書を本家の知識なしに読んだわけなので、すなおに本書だけでおもしろがり、2回目に読んだときには、本家の知識を受けて、どう本書では本家を料理しているのかを楽しむことができた。
どちらを先に読んでもいいと思う。SFが好きで、ファンタジーが苦手なら、本書を先に読むのもよかろう。もちろん、「ホビットの冒険」が好きでSFは苦手という方も、一度本書を手に取られるといい。きっと楽しめることだろう。
主人公ベイリーの願いは、お家であるM型小惑星にいて、1日5回のおいしい食事をとり、時々、親類や友人らと楽しい時間を過ごすこと。ちょっとした親切心から、とんでもない冒険に巻き込まれ、ワームホールを抜けて時空を超えたとんでもない彼方へ、前へと進むはめになる。冒険を楽しみながらも、願いはひとつ、家に帰りたい。ベイリーの魅力、本書や「ホビットの冒険」の魅力は、主人公の願いにある。帰りたい、戻りたいという強い願いと、日々、なすべきことをなそうとする強い意志。意志を発揮するたびに、願いは遠のいていく。それは明らかに矛盾しているが、つながっている唯一の道である。
話は変わるが、ゆきて帰りし者は、ゆき、帰る間に、変化し続ける。けっして出たときと、帰ったときの存在は同じではない。しかし、そこにいつづける者は、ゆきて帰りし者の変化を知ることはない。だから、帰りし者をゆきし者と同じと見る。そこに認識のずれが生まれる。そのずれは、帰りし者には時としてつらい。
それが、人間の性である。それでも、人はゆきて、そして時に帰るのである。
(2004.3.23)