火星人ゴーホーム

火星人ゴーホーム
MARTIANS, GO HOME
フレドリック・ブラウン
1955
 いきなり私事で恐縮だが、私は1965年1月生まれである。
 本書は、1955年に出版されたが、物語は1964年を回想する形ですすむ。火星人を自称する、緑色の、小さな、無毛の、口と鼻が大きく、目と耳が小さく、頭は球形で、手足はひょろながく、胴は短め、頭は大きめの、指は6本ついている、声は聞こえるのに、体は実体がなく、なのにしっかり見えて、透明でも、映像でもない、写真に撮れて、録音はでき、触れない、透過してしまう、クイムという技が使え、消えて、現れて、悪口で、いさかいを起こすのが大好きで、人間をばかにして、どんな言語でもすぐに学び、大騒ぎして、消えた、やつと、人間の話である。
 やつらは、1964年の3月26日木曜日に、30億の人類の前に、10億も現れ、1964年の8月19日水曜日に、消えるまで、国連事務総長の自殺をはじめ多くの人を苦しめ、狂わせ、自殺や事故死に追い込み、個人から国家までのあらゆる秘密をあばき、戦争をやめさせ、冷戦を終わらせ、経済を破綻させ、出生率を下げさせた。
 やつらは、人類の繁殖の営みにことのほか興味をよせ、しかも、壁があろうが、暗闇だろうが、見通し、聞ける能力を持っていた…ため、1964年3月26日からほぼ1週間の間に受精を完了させることができた人類は、ほとんどいなかった。アメリカでは、1965年1月の出生率が平年の3%となり、しかも、月頭に集中しているため、3月26日以前の受胎か出産が遅れたためとみられている。イギリスでは壊滅状態、フランスでさえ18%だったという。しかし、2月になると、出生率はふたたび上昇し、アメリカで平年の30%、イギリスで22%、フランスでは平年の49%となり、3月になると、いずれの国も平年の80%、フランスでは137%と平年を大きく上回った。もちろん、やつらは、4カ月半以上地球にいて、つきぬことない興味をしめしていたのだから、人類は、わずか1カ月ほどで、やつらに見聞きされていても、人類の夜の営みをしっかりと行っていたのである。
 本書曰く、「火星人はいざ知らず、人間はやはり人間だった」
 で、フレドリック・ブラウンの、本書の世界では9カ月と1週間を受精から出産までの期間としている。この世界のルールに従うと、1965年1月のやや終わり頃に生まれた私は、「火星人ベビー」だということになる。いや、我が両親には悪いのだが、この世界の話ということで…。
 本書は、日本人に長く愛されている作品のひとつである。それは、原題の「MARTIANS, GO HOME」が、戦後日本の反米闘争スローガンである「ヤンキース、ゴーホーム」に由来しているからではない。ユーモアの中に込められた、皮肉と、形而上学的論理展開は、筒井康隆や星新一などにも色濃く見られる。漫画を含めさまざまな作品に、「●●、ゴーホーム」は使われているが、その多くが「ヤンキース…」の方ではなく、本書に源を置いている。ぜひ、古典として読んで欲しい。
 ばかばかしいが、おもしろいから。
 ところで、私の手元にあるのは早川文庫SFの稲葉明雄訳、1976年発行で、1978年の第3刷版だが、現在では使えなくなった単語がいくつも登場している。絶版にはなっていないようだし、翻訳者も同じ方になっているが、このあたりはそのままなのだろうか。
 言葉の問題はとても難しいことだが、翻訳の妙もあるので、翻訳者が同じであるなら、そのままの表現であって欲しいと思う。
(2004.3.18)