テメレア戦記Ⅰ 気高き王家の翼

HIS MAJESTY’S DRAGON

ナオミ・ノヴィク
2006

 ドラゴンが出てくる本格SFといえばアン・マキャフリイの「竜の戦士」にはじまるパーンの竜騎士シリーズが真っ先に思い起こされる。それより前に読んだジャック・ヴァンスの「竜を駆る種族も忘れてはいけない。記録を読み返してみると2005年に読み返していた。そこに「私は、ほとんどファンタジーや「剣と魔法」ものを読まないが、竜(ドラゴン)にはついつい惹かれてしまう。洋の東西を問わず、竜というのは人を魅了してやまない存在なのだ」などと書いている。それから20年近く経った。その間に、竜が登場するこんな歴史改変SFというかファンタジーが生まれていたのだ。
 海外SFばかり読んでいるといってもずぼらなことに新しいSFの動向さえもしっかり把握していないので、ファンタジー領域でヴィレッジブックスから出ていた作品のことはまったく視界に入ってなかった。反省。
 このシリーズは2016年に第9巻が出版され完結したそうだが、日本では第6巻で翻訳が中断されていたようだ。SNSで訳者の那波かおりさんが、読者の続編を求める声を丹念に拾い、その結果7巻以降も別の出版社で刊行されることになったという。そりゃあ読まねば。歴史改変ものはあまり得意ではないが、竜が主人公(?)だし、重い腰を上げることにした。
 前情報を入れずに読み始めた。
 ふむふむ、19世紀初頭、ナポレオン戦争の時代。蒸気機関が普及する直前の時代。陸上は馬、海上は帆船が主流。銃や大砲は実用化されているが、剣が何よりも大切な時代。それなのに、なんと空軍が!空軍がある。
 もちろん、航空機などではない。空軍は竜の軍隊である。さまざまな種類の巨大な竜たちが戦略上重要な要素となる。
 そう、現実世界に竜が存在し、戦争の歴史に大きな役割を果たすのである。
 しかし、竜はただの乗り物でも、空を飛ぶ家畜でも、動物でもない。
 竜は竜であり、人と竜のつながりも他の何にも比べるもののない特殊なものである。
 竜が卵から孵るとき、近くにいた人間を「竜が」選ぶ。一度選んだ人間との絆は切れることがない。ただ、基本的に竜の方が長生きであるのだが。
 そして、竜には知性がある。言葉を話し、人とのコミュニケーションも可能だ。

 さて、イギリス戦艦リライアント号の若き海軍将校・艦長ローレンスは、拿捕したフランス戦艦アミティエ号に積まれていたドラゴンの卵を確保した。この卵から孵化した竜が選んだのはこともあろうにローレンスであった。大航海時代において貴族階級である海軍将校という将来を嘱望されていたローレンスだが、やむなく評判の悪い空軍パイロットの道を歩むことになった。突然人生設計ががらりと変わってしまったローレンスは、竜にテメレアと名付ける。実際の歴史でイギリス海軍でたびたび名付けられた艦船名でもあり、最初に命名されたのは史実ではフランス海軍から鹵獲した戦艦名らしいが、本書でもローレンスが数年前に就航を目撃した艦船の名前とされる。ローレンスとしては海軍に未練たっぷりの御様子。そのローレンスの失意は、やがてテメレアによって新たな喜びへと変わる。物語を好み、数学や物理学にまで興味を持つ好奇心旺盛な唯一無二の竜、テメレアとの絆はテメレアの成長とパイロットとしての自信のうちに深まっていく。ローレンスとテメレアは知恵と勇気と優しさで、ナポレオン戦争の時代を生き抜こうとするのだった。

 まあ、よくしゃべる竜ですこと。とはいえ、生まれたての子供みたいなもので、ちょっとしたことでローレンスに甘える。ローレンスもテメレアがかわいくてかわいくてしょうがない。ふたりともでれでれである。親子とも違う、恋人とも違う、異種間共生の親友といったところだろうか。竜と人間の対等以上の関係こそ、この物語のおもしろさの鍵だと思う。
 副題にある「気高き王家の翼」とはもちろんテメレアのことを指すのだが、その理由はぜひ読んで欲しい。
 大切なことを書き添え忘れた。さすが21世紀のファンタジー。出てくる竜は、西洋だけではない。中国、日本の竜もしっかり出てくる。しかも大きい。巨大な竜にはパイロットとともに多くの兵士が乗り込んでいるのだ。想像して欲しい、巨大な竜が空を飛び交い、地上や海上の戦争に影響を与える様を。
 物語は、1805年に起きたスペイン・フランス連合艦隊とネルソン提督率いるイリギス艦隊が衝突したトラファルガー海戦の直後ぐらいまで描かれている。もちろん、どの戦場にも竜はいるのだ。歴史改変ファンタジーは荒唐無稽になりがちだが、それをしっかり読ませるナオミ・ノヴィクの力量はすごい。これから最終巻までゆっくりたっぷり楽しみたい。