新・銀河帝国興亡史1 ファウンデーションの危機

新・銀河帝国興亡史1 ファウンデーションの危機
FOUNDATION’S FEAR
グレゴリイ・ベンフォード
1997
 アイザック・アシモフが「ファウンデーションの誕生」を残しこの世を去って後、アシモフの遺族らは、グレゴリイ・ベンフォードに目を付け、3人の80年代を代表するSF作家が、その世界を引き継ぐことになった。
 グレゴリイ・ベンフォードを軸に、グレッグ・ベア、デイヴィッド・ブリンの3人による公式の新3部作が書かれることとなった。それぞれの作品は、すべて「銀河帝国の興亡」=「ファウンデーション」として知られる1951年に書かれた第一作品の主人公であるハリ・セルダンの物語である。
 ハリ・セルダンについては、初期三部作ではほとんど生きた姿では出てこない。心理歴史学の始祖として、ファウンデーションをつくり、新たな銀河帝国設立と人類の再興を導く者として伝説の人物的扱いである。アシモフは、1982年に再開したファウンデーションシリーズで、初期三部作の未来を描いた。「ファウンデーションの彼方へ」と「ファウンデーションと地球」がそれである。と同時に、アシモフのロボットシリーズとの接点を明確にするため「夜明けのロボット」「ロボットと帝国」をしたためた。そうして一応の世界形成を行ったあと、アシモフは、再び、ハリ・セルダンに戻る。「ファウンデーションの序曲」で若き日のハリ・セルダンが心理歴史学を生み出すきっかけとロボットとの接点を描き、「ファウンデーションの誕生」では、ハリ・セルダンの40歳、50歳、60歳、70歳の事件を描き、セルダンの死をもってアシモフの語る年代記を終えた。
 新・三部作は、この隙間を埋める作品群である。
 アシモフ自信が「ファウンデーションの誕生」で語っていたように、銀河帝国の歴史はどこまででも書く余地が残っているのだ。
 本書「ファウンデーションの危機」は、40歳で皇帝クレオン一世より首相指名を受けたばかりのハリ・セルダンを描く。首相就任をしぶるセルダンだが、セルダン以上に、若き数学者が政治の世界に来たことを嫌う議会の政治家達がいた。次々にセルダンの命を狙って刺客が送られる。セルダンは、心理歴史学の研究を続けながら、危機を次々としりぞけていく。時には、首都惑星トランターを離れ、新たな研究対象を見つける。そして、心理歴史学の将来のイメージと首相としての責任と自覚を得ることになるまでを描く。
 本書は、まさしく、ファウンデーション・シリーズの1冊であり、アシモフの後継となる作品であるが、同時に、グレゴリイ・ベンフォードの作品である。まさしくベンフォードなのだ。文章といい、展開といい。翻訳文であるにもかかわらず、ベンフォードくささがこびりついている。
 本書「ファウンデーションの危機」では新たな存在が登場する。まずは、模造人格である。もはや違法とされる過去の技術で、歴史上の人物をコンピュータ空間上に仮想的に作り上げた知性体である。登場するのは、ヴォルテールとジャンヌ・ダルク。フランス史に残るふたりの模造人格が発掘され、プログラムを修復し、知性体として甦らせられた。彼らはヴァーチャルリアリティの世界に住み、現実の人間ともヴァーチャルリアリティとしてコミュニケートすることができた。さて、このフランス史に残りながらも時代も価値観も異なるふたりを対話させ、人工知能に知性が産まれうるかどうかを議論させるのがねらいであったが、このふたりの仮想的な再生が惑星トランターの危機を招くことになる。
 一方、ハリ・セルダンは、かつて多少「知性化」させられたチンパンジーへの人格ダウンロードを体験する。ヴァーチャルリアリティの究極であるすべての感覚入力を一時的に別の存在にダウンロードさせる技術が帝国にはあったのだ。この体験を通じて、ハリ・セルダンは新たな知見を得ることになる。
 また、このチンパンジーに限らず、犬族に対しても一定の「知性化」は遠い過去に行われていたことがうかがわれる。
 ロボットについても新たな設定が行われた。人工知性が禁忌とされた帝国では、チクタク(からくり)と呼ばれる、「心理的機能を低水準に設定された機械」がコンピュータとともに帝国を支えていたが、このチクタクが知性を備えた存在になりうる可能性を示したのだ。
 結局、本書では、様々な形の知性体、前知性体が登場し、その属性と知性であることの意味について考え続ける。それこそベンフォードらしいところであるが、同時に、アシモフがファウンデーション・シリーズを通して考え続けたことでもある。
 本書では、人類、人類のふりをしているロボット、2万年にわたって人類を庇護しているロボット・ダニール・オリヴォー、模造人格として甦ったヴォルテールとジャンヌ・ダルク、少しだけ知性化された犬、チンパンジー、チクタク、そしてコンピュータ・リソースの中に潜む謎の存在が、知性をめぐる議論に登場する。
 そして、もうひとつ本書では、アシモフの銀河帝国の世界が持つ不思議さに対しても、いくつかの答えを予感させる。
 その最大の謎は、「なぜこの銀河系には人類以外の異星知性が見あたらないのか」である。本書で、この答えは出されないが、その恐るべき理由の予感がなされる。
 さて、これを受けて、グレッグ・ベアはどのような答えを出すのか。
 楽しみである。
 ちなみに、この3部作はついついハードカバーで買ってしまった。本書「ファウンデーションの危機」は1999年に邦訳出版されている。わくわくしながら、続編が登場するのを待ったものである。こういう「待つ」時はとても楽しい。
(2006.4.18)