ファウンデーションの誕生

ファウンデーションの誕生
FORWARD THE FAUNDATION
アイザック・アシモフ
1993
 アイザック・アシモフは、1992年、72歳でこの世を去った。1920年に生まれ、19歳でSFを書き始めたアシモフは、1942年に「ファウンデーション」のもととなる作品を書き始め、1951年に「銀河帝国の興亡1」=「ファウンデーション」としてまとめられた。SF長編だけみていけば、「ファウンデーション」三部作をはさむように、銀河帝国関係の作品がならび、その後1954年には、それまで短編ばかりであったロボット物が「鋼鉄都市」の形で昇華する。そこには、宇宙時代を迎え、保守化した地球と、宇宙の長命族の争いがあり、イライジャ・ベイリとR・ダニール・オリヴォーが登場する。やがて、読者や出版社の圧力に負け、アシモフは80年代に入ってからふたたびファウンデーションシリーズを書き始め、そこにロボットシリーズとの融合をもたらした。それは賛否両論を招いたが、それでも、「出ないよりも出た方がいい」との声なき声に押されて、アシモフは書き続けた。
 そして、1986年の「ファウンデーションと地球」でひとまずの未来を書き終えた後、再び、過去へと転じ、銀河帝国が衰亡し、ハリ・セルダンが心理歴史学を誕生させるまでを描く「ファウンデーションへの序曲」が書かれた。
 そして、ここに、アシモフの遺作となった「ファウンデーションの誕生」がある。出版されたのは1993年。彼の死後となった。
 本書「ファウンデーションの誕生」では、前作で32歳だったハリ・セルダンの後半の生涯が語られる。40歳のハリ・セルダンは、ストリーリング大学の数学部長として、皇帝クレオン一世と、首相エトー・デマーゼルの庇護のもと、ユーゴ・アマリルとともに、心理歴史学の基礎研究に没頭していた。しかし、8年経ってもいまだ光明さえ見えない。
 しかし、脂ののりきった40歳である。いまだ芽のでない心理歴史学が思わぬ形で、帝国の崩壊を救ったのだった。
 それから10年後。かつての危機を救ったことで、クレオン一世によって首相に指名されてしまったハリ・セルダン教授は、心理歴史学の発展と、ますます衰退する帝国の運営に奔走し、50歳を迎えて疲れ切っていた。セルダンの心理歴史学はユーゴ・アマリルとセルダンの弟子達によって少しずつ形を見せていたが、当のセルダンにとっては歯がゆい限りである。
 そして、再びの陰謀。かつてハリ・セルダンを首相にさせるきっかけとなった事件の首謀者らがトランターの中枢を狙ってテロを起こしはじめた。はたして、セルダンはこの危機を首相として乗り越えられるのか。それは思わぬ結末を迎えてしまった。
 さらに10年後。10年前の事件により首相を辞し、ストリーリング大学セルダン心理歴史学プロジェクトの長として心理歴史学の発展を続けてきたハリ・セルダンは自らの老いを感じていた。心理歴史学の核となるプライム・レイディアントも発明されたが、その実績はすでに30代の若い心理歴史学研究者や技術者の手によるものであった。自分の手で心理歴史学を完成させたいと、老境のハリ・セルダンは失われつつある残り時間の中であせりと絶望を感じる。その一方、養子夫妻の子どもでハリ・セルダンにとっては実質的な孫娘のウォンダ・セルダンは8歳になり、ますます利発さをみせていた。次世代への焦りと怒り、そして、次世代への希望を抱きながらハリ・セルダンは生きていた。しかし、彼を支え続けた愛すべきドース・ヴェナビリ博士が死んだ。彼にはどうすることもできなかった。最愛の人を失い、絶望する。
 そして、10年後。70歳となったハリ・セルダンとその心理歴史学は、人々にとって不吉な証となっていた。銀河帝国の中心トランターには、明らかに荒廃の影が色濃く及んでいた。機械が壊れ、医師が技術を失い、人々がモラルを失っていた。ハリ・セルダンは、心理歴史学の大きな山を越え、今や、銀河帝国の崩壊は止められないながらも、その後の長きにわたる荒廃を少しでも短くするための構想を練っていた。しかし、予算も人材も限られるなかで、すべては手遅れだと、彼は確信した。そんなハリ・セルダンを支えたのが、孫娘のウォンダである。彼女の隠された能力こそが、すべての鍵になったのだ。
 そして、ハリ・セルダンは、美しい未来と、すばらしい過去を覚えて、失ったものの大きさ、寂しさの中に、得たものの大きさ、すばらしさを知る。たくさんの人に出会い、愛し、働き、悩み、苦しみ、そして、喜んだ。その結果としての未来への希望がある。見ることのできない未来だが、識ることはできた。未来に、未来の人類に道を開いたハリ・セルダンの姿。それは、死ぬ最後まで、SFを通して人々に科学の良い面を、人間の良い面を訴え続けてきたアシモフの心境であろう。
 前著「ファウンデーションへの序曲」の冒頭にある作者ノートで、アシモフは「いくらでも、わたしの好きなだけ、続篇を書くことができる。
 もちろん、どこかに限界があるはずだ--永久に生きることはできないのだから。しかし、できるだけ長く書き続ける決意でいる」と述べている。
 その言葉通り、彼は、最後まで書き続けた。そして、メッセージを残した。
 すべてのSF者たちに。
 道をつくった、道を拓け、と。
 合掌。
(2006.4.8)