渦動破壊者
THE VORTEX BLASTER
E・E・スミス
1960
1977年8月にレンズマンシリーズ第7巻として小隅黎氏により訳出されたのが本書「渦動破壊者」である。12歳のときだ。奇遇にも、レンズマンシリーズを文庫ですべて揃えたのが1977年のことである。小学生の時からジュブナイルでなじんでいたレンズマンシリーズを大人向け!の文庫で読み終わり、まあ分からないところもあったものの楽しんでいたところに、6巻ではなく7巻があったというのだ。びっくりだね。はじめて読んだときには、正直言って、「レンズマン」が活躍しないのでがっかりした記憶がある。
主人公のニール・(ストーム)・クラウドは天才核物理学者。原子爆発により発生し、人間にはコントロールできない「渦動」により最愛の妻を失ったクラウドは、宇宙の各地で起きる渦動による被害を食い止めようと、渦動を破壊する方法を考えつく。それには、電子計算機でさえ追いつかないほどの速度で渦動の変動周期を予測し、正確に爆弾を渦動に投下する必要があった。簡単にできる話ではない。しかし、天才クラウドは、まさしく考えるより早く予測のための高度な方程式を解き、対応することができる能力を持っていた。かつてレンズマンになれなかった男は、いま、どのレンズマンにも、電子装置にもできない渦動破壊者として宇宙に知られることになったのだ。
レンズマンが追う宇宙的な麻薬犯罪組織の陰謀などにも巻き込まれつつ、クラウドは宇宙船渦動破壊号にメンバーを揃え、やがてパートナーも得ながら、渦動を破壊し、なおかつ、その宇宙の深遠なる謎にも迫るのであった。
さて、宇宙は奇遇でできている。
ものすごく久しぶりにレンズマンシリーズを読み返し、本書「渦動破壊者」を読みつつ、たまたま電車に乗る機会があり、「SFマガジン創刊700号記念アンソロジー海外編」を本棚から手にとって、最初の「○○○」アーサー・C・クラーク、小隅黎訳1947年作品を読んでいた。未読の方には申し訳ないのでタイトルは伏せ字にしておくが、恒星の中に生きる知的生命体がコロナとともに冷たい宇宙空間に放出され、惑星の重力に引かれながらもエネルギーがないためにやがて消滅してしまうという話なのだが、「渦動破壊者」のアイディアの中にも、そういう要素が入っている。
人類など炭素やメタンといった「冷たい」物質でできた生命系とは別に、太陽とかあるいは太陽系ならば木星といった「熱い」場所で、電離化した物質やエネルギーでできた生命体があるのではないか、というSFでは欠かせない問いである。
原子力時代の訪れとともに、「渦動破壊者」はひとつの大きな物語として、核というテーマで遊んでいる。もちろん、今となっては「渦動」はあり得ないし、核で遊ぶのはもってのほかなのだが、そういう時代だったことも思い起こさせてくれる。
そして、今頃気がつくのだが、小隅黎氏は、新訳レンズマンシリーズの前に「渦動破壊者」を訳していたのだ。むしろ、「渦動破壊者」のあと、時間をおいて「小隅版レンズマン」を順番に新訳したということか。これも新たな気付き。さらに気がつく。「渦動破壊者」も小隅黎氏自身による再訳されていることに。
あともうひとつの気付き。ドク・スミスは、冒頭の献辞に「ボブ・ハインラインへ 称賛と尊敬をこめて」とある。1890年生まれのドク・スミスは、1960年に70歳。1907年生まれのハインラインは53歳。この頃、ハインラインは「太陽系帝国の危機」「銀河市民」「夏への扉」「大宇宙の少年」「宇宙の戦士」など次々に傑作をものにしている。
ドク・スミスは1965年に亡くなっているが、この「スペースオペラの父」は本当にSFが大好きだったんだな。
(2019年7月)