落下世界

FALLER

ウィル・マッキントッシュ
2016

十分に発達した科学技術は魔法と見分けがつかない」とかのクラーク大先生は喝破した。そして、私達は確実に魔法世界に近づきつつある。そのような時期にSFは科学的背景を構築するのがいよいよたいへんになってきている。
 本書「落下世界」をタイトルだけ読んで「落ち続ける世界」と理解し、落ち続けるってどういうことだろうかと頭をひねったのだが、実際に読んでみると原題である「FALLER」を自分の名前とした男がひたすら落ち続ける世界であった。読み終わっていて、本書の内容とはまったく関係ないのだが、延々と落ち続ける生活ってどうなるだろう。なんだかとり・みきさんが漫画に書いてそう。落ちながらごはん、落ちながら睡眠、落ちながら入浴、落ちながら恋愛、落ちながら喧嘩、落ちながら子育て…。
 もちろん、本書「落下世界」はそういう話ではない。たしかに主人公はよく落ち続けているが。
 本書はふたつのパートが交互の章立てとなりながらそれぞれに話が進む構成で、Aパートは落下世界。Bパートは私達がよく知る世界の未来。
 AパートのSF的なガジェットを抽象化すると、パニックSFにありがちな、気がついたら自分を含め周りの全員がある種の記憶喪失になっている世界という設定がひとつ。次に、その世界は宙に浮く「島」になっていて、飛ぶことができれば他の島に移れる可能性がある。だから、パラシュートを持って落ちれば、少なくとも下の世界に行けるかも。問いとしては当然ながら「自分は誰?」「写真に自分と映っている女の人は誰?どこ?」である。そしてもうひとつ、中盤以降に出てくるのだが「同じ顔・声・年の頃・背格好」の人。一卵性双生児のような人たちの存在が、記憶喪失に加えて謎を深めていく。
 Bパートはふたりの天才科学者夫婦の話。ひとりは主に理論・応用物理学のなんでも天才科学者、もうひとりは主に化学・バイオテクノロジー・薬学の天才科学者。友人であり、研究パートナーであり、互いの配偶者が姉妹であるため義兄弟でもある。限られた資源をめぐり世界の緊張は高まっている。そのなかで急激なBSEのような症状のウイルス兵器が拡散しつつあった。なんとかしてこのウイルスを治療あるいは無効化できないか、ふたりは共同で研究を続けている。
 当然だがAパートとBパートは後半になると次第につながりのベールを明かすのだが、そこはそれ、読んで欲しいところでもある。

 読んでいて、最初はAパートを仮想空間の特殊な設計の世界なのかとも思ったりもした。そのあたりは作者が「謎解き」感を出すのにいろいろ苦労して構築したストーリー展開だったのだろう。

 さて、Bパートで「世界の危機に天才科学者が解決策を模索する」といえば、思い浮かぶのは「創世記機械」(ジェイムズ・P・ホーガン)である。若き天才科学者が核戦争の危機を救うのである。「科学の力で世界を平和に」の典型だ。本作も似たようなテイストだが、そこはねじれきった21世紀、一筋縄ではいかない。
「本当に救ったの?」「それで救えたと言えるの?」「救済や平和ってどういうことだろうみたない疑問が読後に湧いてきてしまう。それでも、安心して欲しい。ハッピーエンドだ。たぶん。

 落ちる夢って見るよね。