6600万年の革命

The Freeze-Frame Revolution

ピーター・ワッツ
2018

 真夏の早朝、夜明け頃には目が覚めてしまった。年のせいだろうか、それとも2日間の長時間運転や比較的短い睡眠時間で身体が興奮していたからだろうか。ほんとうは長く長く眠りたいのに。しかたがないから朝日の明かりを頼りに布団の中で本を読むことにした。ピーター・ワッツ。「ブラインドサイト」「エコープラクシア」には難渋したのだが、本書は実に読みやすく結局朝のうちに読み終えてしまった。
 Sunflowers cycleシリーズとして既訳の中短編と同じ舞台の物語ということもあるからか。短編集「巨星」の中に入っている「ホットショット」の後、「巨星」「」の前に位置付く作品である。もちろん、本書だけを読んでも何ら問題がない。

 舞台はワームホール構築船「エリオフォラ号」の中。小惑星を改造してワームホールを利用して銀河系を孤独に飛び続け、ワームホールのゲートをつくっていく。それは人類の離散(ディアスポラ)の高速道路であり、ワームホールネットワークは人類の末裔あるいは他の知性種族の道となるものである。地球を離れ6600万年の歳月が過ぎた。操船とワームホール構築は基本的にチンプと呼ばれる船内システムが自律的に行なっているが、チンプでは判断ができない事象やリスクが生じると、人類のメンバーが対応することになっている。船内で冬眠させられている人類のメンバーが数人から数十人覚醒させられるのだ。
 数百年、数千年に1度、目ざめる。知っている人と一緒だったり、知らない人が混ざっていたり。基本的には文化的背景が同じ人たちがチームとなって起こされるが、状況によって、あるいは何らかの社会的意図を持って知らない人たちのところで起きることもある。
 すでに銀河円盤をいびつに32回まわり、10万個以上のゲートが構築されている。しかし、人類はおろか他の知性種族の接触はない。ときおり構築したてのゲートから「グレムリン」が出てきて、「エリオフィラ号」を襲おうとするが、成功したためしはない。グレムリンが何者なのかも分からないのだが、分からないから「グレムリン」と呼んでいるにすぎない。
 主人公のサンディは中でも比較的頻繁に起こされることが多いメンバーの一人。あるゲートの構築の際にグレムリンが飛び出してきた。起きていたメンバーの一人、リアンはとてもおびえてしまう。リアンに何があったのか?船のAIであるチンプは何を隠しているのか、あるいは何に「気がついていないのか」。
 出発当初はワームホールネットワークがある程度できたら進化した人類が迎えに来てミッションは終わるものと思っていたのに、すでに6500万年を過ぎて、迎えどころか、誰からも声がかけられないなかで、チンプはひたすらミッションを遂行しようとし、人類のメンバーたちは次第に状況を把握し始める。それは100万年に渡るゆっくりとした革命のはじまりであった。

 ピーター・ワッツの作品のテーマは決まっていて「自律意識」の問題が中心にある。
 チンプにはあるのだろうか。サンディにはあるのだろうか。私にはあるのだろうか、あなたにはあるのだろうか。
 なぜ私はこの本を読み、そしてこうして文章を綴っているんだろうか。
 それでも日々は過ぎ、物事は起きていく。私は誰かにとっての「マダガスカル島のトガリネズミ」に過ぎないのかも知れない。

 寝ている間に数千年経っていたら、たとえば2022年8月16日の今日眠りについて、3022年の8月に目ざめたら、一体どんなことになっているだろうか。想像もつかない。しかし、エリオフィラ号での目ざめは、チンプには対応できないことであっても、人の想像の範囲をそれほど超えることはない。ほんとうは、どちらの目ざめも1000年オーダーでのタイムトラベルなのだが。たとえば、平安時代の1022年に眠りについて2022年に目ざめたら、果たして適応できるだろうか。そして、人類の変容は過去の千年よりはるかに早くなっており、次の千年はものすごい変化になっているだろう。さあ、これを書いたら眠りにつこう。
 それが4時間半の眠りになるのか、1000年を超える眠りになるのか、本当のところは誰も知れないけれど。