宇宙消失

宇宙消失
QUARANTINE
グレッグ・イーガン
1992
 2034年に太陽系外の星空が消え、その存在すら確認できなくなった。人々はパニックを起こし、新たな宗教が起こり、科学者は頭を抱えた。それから33年、人々は夜に星がないことに慣れて生きている。
 モッド…ナノマシンで脳の神経などとAIをはじめとするツールを生化学的に結線したもの。たとえば暗号機能付きの寝ているときだけ有効なメッセージ処理装置「夜間交換機」、たとえばアバターとして様々なことを処理してくれる「暗号書記」、人体の神経系、ホルモン系を意志的に制御可能にする「ボス」、地図と観光案内が一緒になったような「デジャヴュ」、そして警官など職業ごとに入れることがある強化モッド。これがあることで、退屈せずに張り込みしたり、危機的な状況で自動起動して、情動に流されずに状況に対処することができる。もちろんそれだけではない。
 いつもハッピーになることもできるだろうし、自分の信念さえも規定することができるだろう。生命の本質、人間の本質、意志の本質…堅苦しいこと言わないでくれ。
 本書でおもちゃにされるのは、この人間の意志と、量子論で必ず出てくる観察者問題である。
 観察者問題で有名なのは「シュレーディンガーの猫」である。生きている状態と死んでいる状態の両者でいる猫である。「エンディミオンの覚醒」で登場人物がおかれた状態もこれに近いものがある。観察者がいないから。
 グレッグ・イーガンは問いかける。どの時点で「観察した」ということになるのか?
 そうして、本書で遊ぶ。読者はグレッグ・イーガンの遊びにはまってしまい、ずぶずぶと現実を見失っていく。
 作者は遊ばさせている読者の目の前で、悠然と宇宙のあり方と人間の意志についての考察をナノテク=モッドと量子論という両極から行っていく。
 なんだか分かったような気になるのが危ない。ちっとも分かっていないのだ。私は。
 ちなみに原題の直訳は「隔離」。読み終わると、なんてストレートな題だろうと思った。
 「万物理論」も原題がずいぶんストーリーの伏線になっていたが、こちらも、タイトルだけで伏線になっている。
(2004.11.24)