シミュラクラ

シミュラクラ
THE SIMULACRA
フィリップ・K・ディック
1964
 1964年に、ディックが2040年を見通した作品。サンリオSF文庫60ページに衝撃的な一文がある。やや長文だが、引用しよう。
“…愚劣このうえないテオドラス・ニッツ社製作のコマーシャルがチックの車にへばりついている。
「うせろ」チックは警告を与えた。しかしコマーシャルはしっかりくっついており、もぞもぞと動き出すと、風に押しまくられながらもドアのすき間へじりじりと進んだ。やがてむりやり入りこみ、ニッツ広告社特有のくだらない話を一席ぶちはじめるにちがいない。
 チックとしては、そいつがすきまから入ってくるときに殺すこともできた。そいつは生きており、やはり死から免れられないのである。広告会社は自然そのものと同じく、それらを浪費するのだ。
 ハエほどの大きさのコマーシャルは力ずくでやっとこさ入り込むと、さっそくぶんぶんうなりだした…中略…
 チックはそいつを足で踏みつぶした。”
 生きて自律的に動き回る広告である。同じようなものは椎名誠の「アド・バード」などでも出てくるし、ディックの「ユービック」でも出てくるが、この「ハエほどの大きさのコマーシャル」という言葉の醸し出すイメージは、衝撃的である。ディックの小説は、まるで夢を見ているかのように次々とシーンが切り替わり、関係あるのかないのかが分からないうちに話が進んでいくため、時々表れる具体的なはっとするイメージに、突然目が覚めさせられる。
 ディックの小説ではいろんなものがよく言葉を紡ぐ。コマーシャルが、シミュラクラが、あらゆるものがしゃべりだし、文章を読ませる。そのたびに、登場人物はとまどい、怒り、まよい、悩み、うんざりし、無視したり、やむなく相手をする。
 ふと気がつくと、私が生きている現実世界でもそういうことがよくあることに気がつく。
 若い頃、といっても、1990年のことだが、私は4カ月ほど海外をバックパックしょってぶらぶらしていた。帰国して、東京の電車に乗ったとき、絶え間なく駅では案内や注意が流され、あらゆるところに広告がつり下がり、私に読めと迫ってきた。考えるいとまもなく、耳から目から私には必要のない言葉が入り込み、私に変わっていく。
 このとき、はじめてディックが見ていた世界を実感したような気持ちになった。
 それ以前から、そういう状況はあったのだが、日常を離れるまではっきりとは分からなかったのだ。
 今も状況は変わっていない。
 さて、本書「シミュラクラ」であるが、2040年、米欧合衆国(USEA)が舞台となる。
 1980年から90年にかけてオレゴンから北カリフォルニア一帯は争乱と中国によるミサイル攻撃のあとの放射性降下物により汚染地域となった。1985年頃、民主共和党が生まれ、1990年には、ファーストレディが権力の実権を握り、ホワイトハウスの主であるデル・アルテの選挙選出は、ファーストレディの期限付きお相手選びと化した。
 いつも若い、いつまでも若いファーストレディのニコルはTVを通して人々の理想であり、憧れであり、母であり指導者である。
 2040年、マクファーソン法が通過し、精神分析医は違法とされた。これからは、A・G化学の医薬品による薬物療法のみが認められるのだ。
 念動者のピアニストは、コマーシャルがきっかけで重度の精神障害となり、唯一残された精神分析医を頼る。
 ピアニストの音楽を録音すべく、レコード会社のスタッフは、放射性降下物に汚染された熱帯的地帯に入り込む。
 巨大な共同住宅に住み続けるため、人々はテストを受け、仕事を失うまいと働く。
 小さなエピソードが積み重なりながら、擬装された世界が明かされていく。
 火星への移住、ガニメデの精神感応生物、多元的未来…。ディック的ガジェットも満載。
 どうして、本書がハヤカワや創元から再刊されないのだろうか?
 そのうち、映画化されたら、ふたたび見られるのかも。
 この世界だから。
(2006.10.21)