百万年の船

百万年の船
THE BOAT OF A MILLION YEARS
ポール・アンダースン
1989
 紀元前310年、フェニキア人ハンノの登場で物語の幕が開かれる。ハンノは不死人であった。成年後、決して老化が進まず、少々の傷はすぐに治癒し、病気にはほとんどかかることがない。驚異の生命力をもった人間である。ふつうの両親から生まれ、育ったが、ただ彼は不死であった。もちろん、死なないということではない。腕を落とされたら再生はしないし、脳や心臓を貫かれたら、普通の人間のように即死する。老化をしない、免疫や治癒能力が高いだけの人間である。ハンノはもっともっと昔に生まれた。はるかはるか、人類の創世記から存在していた人間である。特別な人間ではない。人間である。
 このような存在は世界では希であるらしい。彼は生き、自らの存在理由を時に問い、結婚し、そして、怪しまれると別の場所に移動して生きた。彼の子孫に不死人は生まれることはなかった。
 中国大陸にも不死人がいた。シリアには、日本には不死人の女がいた。ヨーロッパの北部にも、アメリカ大陸にも、数はわずかだが、不死人はいた。
 時にすれ違い、時に諍い、時に愛し合いながらも、彼らは生き延びるために歴史の陰に隠れ続けていた。人種を偽り、身分を変え、自らにできることを果たしながら。あるものは死に、あるものは生き続けた。
 そして、世界は次第にせまくなり、二十世紀後半には世界はとても隠れにくい世界となりつつあった。彼らは普通人との関わりを再考しなければならなくなる、そんな時代がやってくるに違いなかった。
 キリスト教の台頭、ローマ帝国の崩壊、イスラム教の台頭、アメリカ「新大陸」の発見、ロシアの共産化、第一次世界大戦、大不況、第二次世界大戦…。人は移動し、争い、たくさんの死がある。これまで生きた人々のすべての死が、そこにはあった。その歴史の、死の、生の、喜びの、悲しみの間を生き続ける不死人たちの断片が語られながら、物語は進む。西暦19年、359年、641年、998年、1050年、1072年、1221年、1239年、1570年、1640年、1710年、1855年、1872年、1931年、1938年、1942年、1975年、そして、未来…。
 彼らは、そして人類はどこに行くのか。
 ポール・アンダースンの作風には、「ホーカ」シリーズや「タイムパトロール」シリーズのようにライトでスパイスの効いたものと、初期の「脳波」や「アーヴァタール」のような人類の変容を描いた作品や「タウ・ゼロ」のような本格的ハードSFもある。何でも書ける作家であるが、時間の中でのひとりひとりのドラマに焦点を当てることが多い。
 本書「百万年の船」は、まさしくポール・アンダースンらしい作品である。100万年とはいかないが、章立てで2000~3000年の歴史を少数の人間達が駆け抜けていく。ちなみに、「百万年の船」とは、本書冒頭に引用がされているがおそらく、エジプト王朝の「死者の書」後段に書かれている神が乗る船(神の寿命)を指しているのであろう。このあたりの歴史はくわしくないのでよくわからないが…。
 さて、不老不死を扱ったSFはあまたあるが、代表的なのはハインラインの「メトセラの子ら」や「愛に時間を」あたりであろうか。また、アジモフの銀河帝国シリーズがのちにロボットものと融合し、人間ではないが不死者としてのロボット「ダニール・オリヴォー」などもいる。ペリーローダンも不老不死だなあ。初巻しか読んでいないけれどリバーワールドシリーズ(フィリップ・ホセ・ファーマー)も不老不死だ。最近のSFでは、「ゴールデン・エイジ」(ジョン・C・ライト)などがわかりやすいが、ヴァーチャルな形での不老不死の獲得もある。ただしこちらは、器である人体や自己のありようそのものも変容さえていくので、人間としての不老不死とは少々異なるかも知れない。本書「百万年の船」のすごいところは、理由もなくごく少数がたまたま「不老不死」になって生まれてしまった、という点である。進化ではなく、突然変異としての不老不死なのだ。その点が本作品の特徴なのだろう。だからタイムトラベルをすることなく、同じ人物の視点で歴史を語ることができる。
 ところで、本書「百万年の船」は今回が初読である。だいたい歴史SFは苦手なのである。しかも3部作。ちょっと手を出せずにいたのだ。最後の最後に、未来が登場し、立派なSFになるのだが、やはり食わず嫌いはよくないということか。反省。
(2008.02.25)