異郷の旅人

異郷の旅人
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フレデリック・ポール
1989
 巨匠「ニュー・ポール」によるファーストコンタクトものである。先日、「マインドスター・ライジング」(ピーター・F・ハミルトン 1993)を読んだばかりでSFにおける地球温暖化後の世界の登場について考えていたところで、本書「異郷の旅人」を読み始めた。時代はちょっとだけの未来。おそらくは21世紀後半から終盤。人類はその人口を極端に減らし、国家は霧散し、人々は小さな町あるいは都市といったところに細々と暮らしていた。国連や国家に変わり最低限の世界規模警察が維持されていたが世界政府のようなものは存在していなかった。半世紀前に起きた戦術核戦争、地球温暖化による海面上昇と気候変動、さらにはエイズの蔓延により、根本的な変化を迫られたのである。
 戦争の影響によって起きた軌道上のデブリ群によって今後数百年にわたって地球人が宇宙に出ることはできない。限られた土地、限られた資源、限られた人口の中で人々は生きていくしかないのだ。
 そこに近づいてきたのが、異星種族ハクーリ人の巨大な恒星船である。3000地球年前に1兆人を超す母なる恒星系から旅立ち新たな植民地を求めたハクーリ人達は現在22000人のハクーリ人と、膨大な彼らの「卵」を抱えていた。そこにひとりの地球人が乗っており、地球への「帰還」の日を今や遅しと待ちこがれていた。彼の名はジョン・ウイリアム・ワシントン、通称「サンディー」である。彼は地球年で22歳。この恒星船で生まれ、ハクーリ達によって育てられた。半世紀ほど前に地球で戦争が起きた頃、火星軌道上でハクーリによって救出された宇宙船の乗組員夫婦が死にかけていた。妊娠していた女性乗組員はそのまま死亡したが、胎児は助けられ、ハクーリの恒星船で育ったのである。ハクーリの恒星船は、地球が戦争の後落ち着くまでの期間、アルファケンタウリ星系まで植民可能性を探るための旅に出、そして今、サンディーとともに戻ってきたのだ。
 そして、数名のハクーリ人チームとともに、サンディーは地球に降り立ち、地球人のためにいくつかの贈り物をしようとしていた。そのために、サンディーをはじめ、ハクーリ達は、地球からのラジオ、テレビを参考にしていたが、半世紀以上前から、それらの電波が届かなくなっていた。そのため、ハクーリが持っている地球人達の情報は少々古かったのである…。
 ブラックユーモアSFといってもいいかも知れない。異星人に育てられた人間という異星人でも地球人でもない存在が、ファーストコンタクトをまか不思議なものにしてしまう。
 第一、戦争を超えて必死で生き延びている地球人類にとって見たら、こっそりと入ってきた巨大な恒星船というのは明らかに「あやしい」存在である。しかも、その異星人は忘れられた地球人「サンディー」というおみやげを持って、「俺たちは高度な科学技術を持っていて、地球人に提供できるんだぞ」といった態度で迫ってくるのである。
 こりゃあ、コミュニケーションがうまくいくわけがない。
 案の定、どちらも次第に相手が信じられなくなっていく。
 ところが、22歳のサンディー君は、恋いこがれていた地球人の繁殖相手「女」の存在で頭がいっぱい。そんな複雑な2種属の確執にはなかなか頭が回らない。
 そんなサンディー君を中心に、高度な文明は持っているけれど、地球人から見るとどうにも品のない両生類とったハクーリに加え、文明が崩壊してちょっとおかしくなっている地球人が織りなすドタバタ劇である。
 それにしても世紀末だなあ。いや、今ではなく、本書「異郷の旅人」が書かれた当時だ。温暖化、エイズ、戦術核戦争とスターウォーズなどなど、当時言われていた最悪の未来がこれでもかと書かれている。
 実際、この21世紀、気候変動による被害は深刻だし、エイズをはじめとする感染症の被害やリスクも高まっている。幸い、核兵器の使用は起こっていないが、ソヴィエト崩壊後、核の拡散が言われ、いつ、どこで、どのような形で核兵器が使われてもおかしくない状況にある。また、核爆発は起こっていなくても、放射性物質を利用した劣化ウラン弾のような兵器はイラク戦争などで多く使われており、その被害もまた深刻である。
 人口問題に端を発するエネルギー、食料、水資源の奪い合いはすでに始まっており、私たちが暮らすこの日本という国は、次第に「底の浅さ」を見せている。いっそ異星人とのファーストコンタクトでもあればいいのに、と思うぐらいな閉塞感があるのは確かだ。
 確かだが、現実に生きている側はそれほど深刻ではない。なぜなら毎日を深刻に生きることは難しいからだ。悪いなりに楽しいことはある。楽しめることはある。そういうところがあるから生きられる。逆に、そういう風に楽しんでしまえるからなかなか状況を改善できないのかもしれないが、楽しく生きていないとつまらないではないか。
 本書「異郷の旅人」のサンディー君、意外と楽しそうに生きている。
 まだ存命の作者フレデリック・ポールも、人生を楽しんでいるに違いない。そう信じたい。
(2008.04.11)