星々の海をこえて

星々の海をこえて
ACROSS THE SEA OF SUNS
グレゴリイ・ベンフォード
1984
 機械知性が宇宙を支配しており、有機知性体がほとんどいない、それは、有機生命体が時間・空間に制約を受けるのに対し、機械知性体は、制約が少ない故の必然なのかも知れない。「夜の大海の中で」では1999年から2019年にかけて、ナイジェル・ウォームズリーが直面した機械知性との邂逅を描いた。同時に、人類社会の退廃も描いている。
 本書は、2056年から2061年の、やはりナイジェル・ウォームズリーの物語である。
 狂った機械知性の情報を得て、恒星間ラムスクープ船ランサー号を建造し、人類は、有機知性体の存在を求めて宇宙に出た。そこで、滅び、あるいは後退した有機知性体の存在に接することとなるが、同時に、機械知性体の存在を深く感じる旅となった。
 一方、地球上では、地球外の有機生命体が海に入り込み、海を危険な場所と変えていた。前世紀からの人類の後退は、海という共通の場を奪われることでますますその速度を高めていた。
 危機と退廃は、遠く旅立ったランサー号にも影響する。その中での、「古老」となってしまったナイジェル・ウォームズリーは、延命措置を受けながらも、宇宙の真実を求めて、ひたすらつきすすむ。人間とは、有機知性体とは、生殖とは、生命とは、そして、機械知性体とは…。
 正直、イギリス的な暗さがある。よくよく考えてみると、地球外知性体とのコンタクト物語なのである。ちょっとだけネタバレにもなるが、地球でも、恒星船がたどり着いたいくつかの星でも、有機知性体同士のコミュニケーションが成立するかどうか、というテーマが頭をもたげてくる。もっとうきうきわくわくしてもよさそうだが、有機知性体が追い詰められる宇宙という状況が、全体を暗くしてしまう。
 翻訳なのか、原文なのか分からないが、文体に癖があるので、その点は好き嫌いがはっきりしそう。
 さて、同シリーズの「大いなる天上の河」「荒れ狂う深淵」「輝く永遠への航海」「光の潮流」を、このまま一気に通して読んでみよう。
 そうそう、大切なことを忘れていた。本書のラストは結構暗いのだが、実は続きがちょっとだけある。続編?「大いなる天上の河」の下巻最後に「星々の海をこえて増補」がついているのだ。1987年のペーパーバック版が出版される際に、第10部に第8章が書き足されているのである。気になる?
(2011.2.27)