時を紡ぐ少女

CREWEL
ジェニファー・アルビン
2012

 続き物だったのか。2012年に発表され2015年に翻訳出版された「時を紡ぐ少女」を手に取った。ジェニファー・アルビンのデビュー作とのこと。若い女性が主人公のSFファンタジー的な作品である。ファンタジー作品の「ドラゴンの塔」(ナオミ・ノヴィク)を読んだことがあるのだが、冒頭の展開は似たパターンで、特殊な能力を持った少女が(望まないながらも)その才能故に選ばれ、意に染まない形で故郷や両親から引き離され、新しい生活をはじめることになる。そして、そこでその才能故の様々なできごとに巻き込まれていく…。性別問わず、ひとつの物語の定形であろう。

「時を紡ぐ少女」の世界はアラス。その世界では男性中心の政府組織が実態として社会の独裁的管理を行なっている。完全なる階層社会で、情報は統制され、多くの人々はその情報と教育のままに自らの暮らしに不満を言うこともなく、疑問も抱かずに暮らしている。
 この政府組織と社会を維持しているのが「刺繍娘」たちである。アラスの世界には目に見えない「糸」があり、それは人の命、世界の景観、環境を示すものである。織り上げられた世界に刺繍を施し、糸を抜き、刺し、世界は維持されている。天候も操作される。農作物の収穫も、その物流も、刺繍娘たちの操作で可能である。「刺繍娘」たちは、織機によって糸を見ることができ、糸を操作する力を持つ能力者である。
 主人公のアデリス・ルイスの能力はそれだけではなかった。彼女は織機がなくても糸が見え、それを操作する力さえも持っている。その力は時間をも操作するものであった。
「刺繍娘」にはすべてが与えられる。美しい衣服、最高級の食事、優雅な暮らし。それはアラスの一般の人々にとって憧れであり、偶像(アイドル)であった。
 両親や妹から引き離され、望んでいない「刺繍娘」として力尽くで選ばれたことに対し、アデリスは反抗する。権力者に対しても反抗的な態度のアデリス。権力者である織庁長官のコルマックは無理矢理にもアデリスを従わせようとする。なぜならアデリスこそはアラスの未来を左右する鍵だから。

 アデリスはアラスの世界で希有な「自由意志」を持つ娘として描かれる。同時に多感で恋愛に盲目になりながらも自分を貫く姿も描かれる。作中には登場人物の同性愛も描かれており、恋愛観には21世紀の作品らしさもうかがえるが、ヤングアダルト作品の範疇になるのだろう。恋愛観だけでなく、男性支配社会、女性の権利といった社会的問題もファンタジーを通じて問題提起している作品でもあり、ル・グィンを思わせるところもある。

 世界が織物と糸に操作される世界は、単純にファンタジーとして成立する。
 しかし、どことなくSFとしての世界観の要素を伺わせている。
 アラスはどのようにして成り立ち、織物や糸と世界の関係はどのようなものなのか、後半に進むにしたがって世界の「本当の姿」が少しずつ語られていく。アデリスは少しずつ世界の「本当の姿」に気づいていく。
 あとは答え合わせだ。

 情報化された仮想世界はもはやファンタジーと区別がつかない。進みすぎた科学は魔法と区別がつかない。
「おそらくこういうことではないかな」という答え合わせへの期待。

 しかし、本作ではあと一歩のところで答え合わせが行なわれない。
「続く」のである。
 もちろん、少女アデリスの成長譚として話はひとつの区切りにはなるのだが、「続く」のである。いやむしろ「さあここから物語がはじまりますよ」で終わるのである。
 置き去りにされてしまった。

 著者紹介を読むと本作の翌年2013年に続編「ALTERED」、2014年に3巻目の「UNRAVELED」が発表されている。本作は2015年に邦訳されているので訳者の方は少なくとも2巻までは確実に読まれた上で訳されているのだろう。
 残念ながらその後の翻訳出版は止まっているようである。訳者の方は多方面の翻訳でご活躍だから、おそらくは出版社の販売上の都合であろう。売れなければ続巻が出ないというのはよくあることだが、この、あえて言えば中途半端なエンディングで読めなくなるのはちょっと辛い