ニュートンズ・ウェイク

ニュートンズ・ウェイク
NEWTON’S WAKE
ケン・マクラウド
2004
 2006年8月に翻訳出版されたばかりの新著である。最近、ハヤカワはイギリスSFをよく翻訳しているが、何か理由があるのだろうか? それとも、イギリスSFが元気だというのだろうか? そのあたり詳しくないのでよく分からない。
 21世紀後半アメリカの軍事AIが知的進化暴走を起こし、「特異点」に達して「後人類」と呼ばれる存在になり、地球上の多くの人類を「強制昇天」させて、データ空間のかなたに連れて行ってしまった。その後、地球の各地で人類間の戦争と、「後人類」の戦闘マシンに対する人類の闘いというふたつの戦争が起きる。人類の一部は恒星船で太陽系外の植民惑星を求めて去る。太陽系にもマシンは広がりはじめるが、その後「後人類」は地球を含むこの宇宙から去っていき、疲弊した人類の闘いだけが残った。そして、その戦争も22世紀初期には終わる。24世紀も後半となっていた。「後人類」によって超光速航行技術やワームホールゲートなどが開かれ、残された人類は、いくつかのセクトに別れて、新たな発展を遂げようとしていた。
 ひとつは、ワームホールのゲートを支配するカーライル一家、惑星のテラフォーミングに命をかける「農夫」のアメリカ・オフライン、後人類の技術をさぐりながら発展を模索する日本人・中国人・インド人のセクターである啓蒙騎士団、そして、DK。民主共産主義連合、あるいは、民主朝鮮、あるいは民主カンボジアと呼ばれる宇宙植民者集団。
 今、カーライルの”実戦”考古学チームが未知のゲートをくぐり抜けて見つけたのは、別の人類集団であった。彼らは古い恒星船で植民可能な惑星にたどり着き、過去の技術を失いながらも、その惑星にあった異星人遺跡などを調査しながら独自に発展していた人類であった。
 そうして物語は、それぞれの勢力を巻き込みながら幕を開ける。
 人工知性の暴走的進化、個人のデータへのアップロードと再現実化であるダウンロード、それによる死が起こったときのバックアップとしての再生、データ化した人格の奴隷化など、バイオテクノロジーとコンピュータ/大脳生理的なテクノロジーの拡大を受けた世界を舞台に、事実上不死を得た登場人物達がいくつもの惑星を舞台に縦横無尽に走り回る。
 最近翻訳されたアレステア・レナルズの「カズム・シティ」(2001)と同じように、まるでアニメかフルCGアクションかと思わせるようなシーンがいくつもある。
 全身がマシン化してメタルで美しいボディになった女とか、最初は冗談で開発され、意外と便利だと普及した羽ばたき飛行機とか、ね。
 ちょっと、他の作品とは違うのが、政治的なおちょくりである。アメリカ皇帝ジョージ一世、二世とか、海面に20メートルの高さで誇るマルクス、レーニン、毛沢東、金正日の石像とか、ブレジネフ、アンドロポフ、リガチョフ、ゴルバチョフが登場する現代劇とか、「ウエストサイド物語」でのブッシュとビンラディンの銃撃戦…。
 ストーリーの中で、軽く、かつ、おもしろく扱ってあるのでそれほど違和感はないが、舞台の未来感との間でのギャップは否めない。
 ま、娯楽作品で、これらが誰で、何者かなんて考えなくても別に読むのに不都合はない。
(2006.8.20)