果てなき護り

果てなき護り
THE FOREVER WATCH
デイヴィッド・ラミレス
2014
sideA
「世代船」といえばSFの王道。地球を離れた超大型の宇宙船が新天地を目指して長い長い旅を続けている。世代交代する中で、世代船しかしらない世代は時に目的を失い、時に、外の世界である宇宙があることを実感しない。ハインラインの「宇宙の孤児」(1963、元は1941年の2作品)は昭和の頃、日本で何度かジュブナイル作品として紹介されていて、ものすごく印象に残っている。そんな香りがただようのが本作「果てなき護り」である。地球を出て347年、乗船しているスタッフはその「能力」に応じて仕事が割り振られている。能力とは、いわゆる超能力であり、テレパシー、物質移動能力、運動能力の強化、治癒力など、天性の能力に加えて、インプラントを挿入し、世代船のエネルギーを引き出して、その能力を強化することができる。
 女性は出産の義務があり、その間は仕事を休むことになる。出産しても、子どもと面会することはなく、また、妊娠・出産の期間は事実上昏睡状況に置かれるので失われた時間となる。
 数万人の人々の能力は大きな格差があり、そして、その階級ごとに、世代船の中でいける場所や情報へのアクセスが限られている。
 船内のルールに違反するとときに「再調整」により記憶を失い、別人格となって生きることにもなる。
 ハナ・デンプシーは、高い能力を持つため、若くして都市計画局の行政官をつとめているエリート。ある事件で知り合った無口で無骨な警察官のバレンズと少しずつ恋に落ちていた。周りからは、格差のある関係をめずらしがっているがハナは気にしていない。
 上司が不審な殺され方をした後、閑職に追われたバレンズは、上司の死の犯人や、その特異な死体の状況を追いかけ始めた。やがてそれはハナも巻き込み、世代船の隠された秘密に迫る大事件につながっていくのだった。
 というのがあらすじ。
 そもそもどうして人類は地球に住めなくなったのか? 目的地の惑星カナンはどうやって選択されたのか? 世代船で出産が義務なのはなんとなくわかるが、どうして妊娠期間を通じて昏睡状態におかれるのか? 人類がどうやって能力を獲得するにいたったのか? 遠き未来、それらの疑問を胸に読み進めていくことになる。
 大丈夫、全部回収されるから。
 そうねえ、全然舞台は違っているけれど、世界設定とかキャラクター設定を見ているとアニメ版の「攻殻機動隊」シリーズが好きな人にはおすすめできる。解説によると作者のデイヴィッド・ラミレスも日本のアニメが大好きだそうだし。
(2021.2)
sideB
 世代船について
 人類が他の星系に移住し、その版図を広げていくにはどのような方法があるだろうか。SFではさまざまな手法が生み出されてきた。もっとも大きな障害は距離と速度。既知宇宙は広大で、地球太陽系が属する銀河系だけでも直径10万光年以上。光の速さで10万年以上の距離である。通常の移動手段でどこまで光速に近づけられるか。
 人類が地球上にホモ・サピエンスとして登場したのが約20万年前とされる。言語の誕生から数万年経って記録としての文字が誕生したのは約5000年前とされる。そこから人類の進化は急速だったが、記録に残るこの間の変化を考えると、数百年、数千年を必要とする世代船は、そのものが人類の生存空間として、そのなかで人類は社会的、生物的に変化をしてしまうだろう。その変化と世代船という技術を前提とした閉鎖生態系であり移動手段の維持とメンテナンスはとても難しいものになる。
 卑近な例で言うと、原子力発電所の放射性廃棄物の保管問題である。10万年にもおよぶというその管理を、実際にどのようにすればいいのか。文明が変わり、言語が変わるなかで、科学技術的退化の時期が来た場合、その危険性や意味を理解してもらえるだろうか。むしろ、「掘るな」と書かれると「宝か?」と思われるかも知れない。
 世代船は、物語としては実に面白いが、実は現実味がない方法である。
 では、最近のSFではどうしているのか。
 ひとつは冷凍睡眠方式。これなら文化的変化を止められるし、出発世代がそのままなので目的も共有できている。問題は、船の維持管理と操船。コンピュータ任せにするのか、それが自律意識を持ったAIなのか、それとも少数の人間が交代で目覚めるのか。そこに事件が発生する。
 次に分かりやすいのが播種船方式。受精卵だったら小さくて済む。必要に応じて成長させ、増やしていくことも簡単だ。出発時に残る側の取り残されるという精神的なトラウマも起きない。問題は、やはり操船と、到着した後の第一世代をどのように育て、教育し、開発と社会を形成するか、となる。目的共有も難しいことになるだろうし、リスクも大きくなるので、播種船方式の場合には、数も必要になるだろう。
 播種船方式と冷凍睡眠方式の変形として、データ化された精神とナノテクによる肉体の形成技術を併用して送るという方式もある。
 映画「インターステラー」では、ホワイトホールで時空を超えて別の銀河星系に行くことでその問題を解決しているが、行き先が生存可能かどうかが分からないという難題を抱えていた。