白熱光(再)

白熱光(再)
Incandescence

グレッグ・イーガン
2008

 再読した。これこそSFだけど、あまりに難しすぎる。物語は偶数章と奇数章でふたつの世界を行き来する。はるか未来、人類出自、非人類出自、実体出自、非実体出自に関わらず、量子的データとして存在と意識を仮想化した知的生命体は融合世界の中で生きていた。光速の壁は相変わらずだが、自らの量子データをノード間で送信することで旅をし、時間と空間を超えて関わりをもつことができるようになった世界。融合世界で「人々(ここでは知的生命体の個々を差す)」はときに実体として暮らし、ときに非実体のままで暮らしていた。当然バックアップもとられ、ある意味での不死は保証された世界である。もちろん、過去に戻ることはできないので、旅をすれば、そのノードの数や距離時間によって動かなかった人々と動いた人々の間での時間はずれていく。そういうことが当たり前の世界。融合世界はしかし銀河中心部にだけはネットワークをもたなかった。銀河中心部は孤高世界といい、融合世界からのアクセスや調査、探査を一切受け付けない謎の「人々」が支配しており、独自のネットワークを持っていることだけは分かっていた。銀河中心部を通れなければ、銀河の反対側に行くためにはかなりの迂回したノードを通らなければならない。そこで、長い時間の中で、融合世界の人々は、量子データの秘匿性などにリスクを持ちながらも、孤高世界のネットワークを一部利用して銀河中心部を抜ける方法を見つけた。しかし、あくまでも、孤高世界に「途中下車」することは許されず、孤高世界は相変わらずよくわからないままであった。

 奇数章は、この融合世界で「何か新しく、自分が長く打ち込めるなにか」をもとめていたDNA出自のラケシュが、孤高世界によって孤高世界のなかで強制的に実体化させられ、伝言をもたされてきたというラールから、孤高世界でDNA出自の小惑星がみつかり、そのルーツを探し、知的生命体がいれば、DNA出自者としてそのあり方について責任を持って対応して欲しいというオファーを受ける。ラケシュと友人の非DNA系出自であるパランザムは孤高世界からの招待を受けることにした。それは最低でも5万年を失う旅でもあった。ラケシュは孤高世界の中でDNA出自の生命体を見つけ、そこに遺伝子操作の跡を確認し、その足跡をたどることにした。


 偶数章は、ほかのSFでいえば「竜の卵」(1980 ロバート・L・フォワード)のようなものである。「竜の卵」は中性子星上の知的生命体を描いた作品だが、「白熱光」の偶数章は同じように高い重力、光の海の中に浮かぶ特殊な環境に生きる知的生命体の物語である。その世界は破片(スプリンター)と呼ばれ、かつての環境世界がいくどか分離しているその破片であると伝えられている。彼らはそこで生存のための仕事を行ない自ら産児制限をして生きていた。光に満ちた世界で、光は生存のために欠かせないエネルギーであると同時に、彼らを殺すものでもあった。主人公のロイは、他の人々と同様にギルド的なグループに所属し農場での仕事をしていたが、ある日ザックという老人に出会う。彼はこの世界の不思議な重力のあり方について自ら機械をつくり研究している孤高の人であった。一人で仕事をしているというのは基本的にあり得ないことだったが、ザックが語る世界の不思議さとその探求についてなぜか心を惹かれたロイは、やがてザックとともに、スプリンターの重力について研究し、幾何学を深めていくことで古典的力学からはじまり、やがて仲間を増やし特殊相対性理論、一般相対性理論へと知見を深めていく。その動機は、やがてふたたびスプリンターが割れ、世界が崩壊するかも知れないという予測であった。実際にスプリンターは危機にあったのだ。世界を守るため、ザック、ロイ、そして彼らの元に集まってきた人々は計算し、実験し、理論を構築し、それに基づいて、世界を救うすべを探し続けるのである。

 奇数章は、ラケシュの探求の物語なのでそれほど難しくない。また、奇数章は偶数章で描かれているような世界を外から描き出すので全体の物語の理解にもつながる。
 偶数章は、幾何学として、スプリンターの重力場とそれがどのように作用するのかを、ロイとともに捜す旅である。数式は出てこないが、独自の言葉で、この地球とは異なる特殊な重力環境において、ニュートン力学からアインシュタインの相対性理論までを語るのだから、まあ、頭がぐるぐるになってしまう。正直なところ何が書かれているのか分からない。分からないけれど、実際に起きているスプリンターでの出来事はおぼろげに理解できるのだから、なんとか読み進めることは可能だ。物理学に素養が深ければ、そして、ゆっくり理解する時間と楽しみがあれば、「白熱光」は1年はたっぷり遊べる作品なのかもしれないが、ざっくり読もうとすれば、なんとか読み進めることはできる。知恵熱出たけど。
 そして、一見すると奇数章と偶数章は接点がないようだが、ないわけではないし、いろんな種明かしも含まれている。それを正しく読み取っているかどうかは分からないが、こういうことかあ、と勝手に解釈している。

 それにしても、すごいじゃないか。銀河系中心部にある巨大なブラックホールや密集した星々、銀河辺縁の広大な時空に広がる知的生命体のネットワーク、そのなかでの生き方、存在の意味。この地球というたったひとつの世界で、わずか100年弱の生、たかだか数千年の記録しか持たない人類にとってみれば、果てしない物語である。果てしない物語であっても、個にとっては出会いであり、旅であり、日常の繰り返しや非日常への対応の連続でしかないのだ。それは「でしか」ないものだが、それこそが生なのだ。
 さあ「白熱光」を読んで、呆然としよう。

(2021.6.27)