レイヴンの奸計

RAVEN STRATAGEM

ユーン・ハ・リー
2017

ナイン・フォックスの覚醒」の続編である。原題を直訳すると「カラスの戦略」とか「カラスの奸計」といった感じにもなる。
 この世界は「暦法」によって数理、物理法則が決まる。この「暦法」こそが世界秩序の源泉となっている。小さな民族は違う暦法を使っていても大きな世界に影響を与えないが、世界は星間専制国家六連合によって支配されており、その暦法こそが主流である。しかし、六連合の世界に接する異世界では異なる暦法が使われており、それは六連合にとっては「異端」である。異端の暦法が拡がれば世界のあり方は変わる。世界の争いは、自らの暦法を守る闘いでもある。
 グレッグ・イーガンの「シルトの梯子」みたいなものだが、イーガンはハードSFとして描き、リーはスペースオペラとして描いている。作者のユーン・ハ・リーもイーガンと同様数学を大学で専攻した人であるが、イーガンとは異なるファンタジックな世界をうまく描いている。前作「ナイン・フォックスの覚醒」はその世界を説明するのに難解さがどうしてもつきまとい、またスペースオペラというよりはミリタリーSFであったが、本作では「スペースオペラ」といえるようなスケール感を醸し出している。

 ところで、原題がどういう意味かつかみかねていたので、「カラス 数学」で検索してみると「ヘンペルのカラス」なるものが出てきた。「カラスのパラドックス」とも呼ばれる「帰納法の問題」のことであるという。
 「すべて」のカラスは黒い
 という命題の証明にかかわり、命題「AならばBである」の対偶「BでないものはAでない」の真偽と同値であるから、
「すべて」の黒くないものはカラスでない
 を証明すればよい。しかし…、
 ということで、調べてください。

 さて、本作にはカラスは出てこない。しかし、華々しい宇宙ドラマの背景につきまとう帰納法的な疑問。前作の主人公アジュエン・チェリスと、チェリスを錨体としてチェリスに人格を憑依させ、その後チェリスの人格を完全に乗っ取ったシュオス・ジェダオが物語の中心にいる。チェリスの肉体をもったジェダオの精神である。
 ジェダオに指揮権を乗っ取られた宇宙戦闘軍団の司令官キルエヴ、その参謀であったがジェダオの指揮権に従えなかった故に逃げ出したブレザン、それに六連合のリーダーと補佐官たち。物語を展開するのは彼らであり、実は主人公たるジェダオ=チェリスの意図は最後になるまで見えてこない。みなひたすらジェダオの意図を図りかね、その周囲で動くしかないのである。
 ジェダオならば敵である。ジェダオならば大量殺戮する。ジェダオならば…。
 誰も真実を見極めることはできない。

 物語としては、前作よりファンタジー&魔法感が薄れ、人間関係が権力、親族、恋愛など複雑にからみあっていく。また、戦闘もより分かりやすくなっており、前作を読み通してさえいれば読みやすい。
 読後感は、爽快とはいかないが、とても21世紀的だ。
 とくに死生観、ジェンダーの多様性の表現などは、単なるエンターテイメント作品とはいえない深みがある。
 第三部、どうなるのか? 翻訳されるのか? それから読み直してみたい。
 それにしても、SFが高度になってきているのを感じる。
 巻末の大森望さんの解説がとてもよい。読み終えて良かったという気持ちにさせてくれる。すぐれた解説者、万歳!である。