量子魔術師

THE QUANTUM MAGICIAN

デレク・クンスケン
2018

 超未来を舞台にした「ミッション・インポシブル」だ!
 ワームホールで拡がった人類世界。人類よりはるか以前に宇宙にワームホールネットワークを築いた先駆者たちがいた。人類世界はこのワームホールを利用し、版図を広げていた。ワームホールを持つ政治体制をパトロン(国家)、それを利用するだけの政治体制をクライアント(国家)と呼び、その力関係は絶対的である。
 出自たる地球の政治体制、経済体制の延長上に世界は組み上がり、拡がっていた。
 そんな世界で、新人類ホモ・クアントゥスのベリサリウス・アルホーナは、サブ=サハラ同盟のアイェン・エカンジカ少佐を通じて仕事の依頼を受けることになった。それは絶対に不可能な仕事であり、政体を相手にした軍事的詐欺行為である。ベリサリウスは、この仕事を成功させるために人類とその親族ともいえる複数の改変された新人類種族のプロを集めて「しかけ」にかかるのだ。

 ことのおこりはこうだ。40年前、パトロン国家の金星コングリゲートがクライアント国家のサブ=サハラ同盟に対し、中華王国領への武装偵察ミッションを指示した。その生還は想定されておらず、言ってしまえば大国間のちょっかいのかけあいでしかなかった。
 そのサブ=サハラ同盟の第六次遠征隊は作戦中に新たな宇宙航行機構技術を見いだし、深宇宙に隠れて新ドライブ機構を設計、戦闘船団に搭載した。このドライブ機構があればコングリゲートから独立することが可能になる。そこで第六次遠征隊はサブ=サハラ同盟に秘密裏に戻るため、パペット神政国家連盟のパペット・ワームホールを通過しようとしたが、パペット神政国家連盟側は、その戦闘船団の半分を通過費用として要求したため、第六次遠征隊は詐欺師のベリサリウスにそれなりの報酬をみせてうまく通過させるための詐欺的仕事を依頼したのである。
 この難題を引き受けたベリサリウスは自身とエカンジカ少佐を含め9人のチームを組むことにした。
 彼らを紹介しよう。
 まず、登場する新人類は3種族。

 ホモ・クアントゥスは、アングロ=スパニッシュ金権国にある銀行の計画により生み出された新人類。超天才的な数学能力をもち、一時的に自己を量子知性体に変容させる量子フーガと呼ぶ能力を持つ。

 ホモ・エリダヌスは、自らをモングレル(雑種)族と称し、水圧の高い深海でしか生きられない新人類。その特殊能力からコングリゲート航宙軍の準傭兵パイロットとして高度な反射運動能力を発揮する。

 ホモ・ブーバは、通常パペット族と呼ばれる。創造主であるヌーメンを崇拝するように生化学的につくられた奴隷種族であり、ヌーメンによる人類の最悪の犯罪の結果である。ヌーメンは奴隷種族を恐れ、ミニチュアサイズの新人類としてパペットを設計した。パペット属はヌーメンなしには生きられないが、反乱を起こし、ヌーメンを支配下に置き、パペット神政国家連盟となった。なお、ヌーメン自体はパペット族が感応するフェロモンを出すほかはオリジナルの人類と変わらない。

ベリサリウス・アルホーナ 新人類ホモ・クアントゥス、詐欺師。量子フーガ状態を持続できずクアントゥスとしては能力が不安定。他の同属よりも社会性を持つ故に故郷を離れ、ひとり暮らしていた。

カサンドラ・メヒア ホモ・クアントゥス。ベリサリウスの幼なじみ。他の同属と同じく計画の拠点である小惑星ギャレットから離れずに暮らしていた。

ウィリアム・ガンダー 人類。65歳ぐらいの詐欺師。ベリサリウスの師匠である。現在犯罪で収監中。治療不能の病気で余命わずか。娘の将来のためにベリサリウスの依頼を引き受ける。

マンフレッド・ゲイツ=15 ホモ・ブーバ。生理的にヌーメンの神格性を認識できないがゆえにパペット世界から追放されて生活しているホモ・ブーバ。

セント・マシュー アレフ級と呼ばれる超一級のAIのひとり(ひとつ)。自律行動可能なロボット態。アングロ=スパニッシュ金権国の銀行が開発したが自らを転生した聖マタイだと考え、業務に使えないため幽閉されていた。ベリサリウスを雇って自らを解放させた過去があり、現在はキリスト教会を運営している。

アントニオ・デル・カサル 違法天才遺伝学者。ギャンブルと金に目のないマッド・サイエンティスト。

ヴィンセント・スティルス ホモ・エリダヌスのトップパイロット。トップの深海ダイヴァーとして他者に勝ち続けている。

マリー・フォーカス コングリゲートの元航宙軍下士官、現在収監中の爆発物のプロ。かつてベリサリウスとともに仕事をした。

 それぞれの能力を発揮し、ミッション・インポシブルを成功に導けるのか、信頼、反目、裏切り、そして、彼らを追うコングリゲートの秘密組織…。二重三重のだまし合い。最後に笑うのは? そして、泣くのは?

 物語の書き出しはこうだ。
「おそらく、ベリサリウス・アルホーナは詐欺の計画と量子世界に類似性を認めたこの世でただ一人の詐欺師だろう」

 ハードSF、サスペンスSF、アクションSF、ミリタリーSF…。ザッツエンターテイメント。取っつき悪そうだけど、おもしろい作品だ。